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パッチとビー玉

私は団塊の世代の人間です。小学生の頃は子供の数がやたら多く、お寺や神社の境内はいつもにぎやかな子供達の声であふれていました。子供の遊びと言えば、秋はパッチ、春はビー玉でした。その後パッチやビー玉を見かけなくなってからずいぶん経ちますが、パッチやビー玉はいつ頃まで子供達の遊び道具だったのでしょうか?

投稿者:団塊おやじさん 登録日:2009-12-15

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くーたまさん
「わんず」の生息する宮内の育ちです。ビー玉はラムネと言っていました。転校生さんの遊び方とメッパチ?と言って眼の高さから自分のラムネを落とし相手のラムネに当てて取る…というものです。
痔三郎さん
「ほんこ」「うそこ」という呼び方は当地だけかと思っていたが他の地域でも使われているようだ。
四国や兵庫県でもそう言うそうだ。
私は「うそっこ」と言ってたかな。
あんぽんたんさん
ビー玉の「ほんこ」「うそこ」もやってた記憶あります。あまり人の来ない路地で地面に小さな穴を作って毎日やってた。「パッチン」という風に呼んでたメンコの絵柄はよく思い出せないが・・・、相撲や剣豪だったろうか。長方形が殆どだったが丸い円盤状のものもあり、これが束ねられて蝋で端面を固めてあったのを覚えている。パッチンの角を折り曲げておき、板に勢いよく振り下ろして相手をはじき飛ばす。いろいろやり方はあるのだろうがこれらを紹介した書物はあるだろうか。なければ、どなたか調べてくんなせ〜や。
しんさん
パッチもビー球もいっぱい持ってました。なんで捨てたんだろうって思いませんか?
今持っていればかなりの価値があるだろうに。
ぜっとさん
近所で毎日やってました。
ビー玉は私たちの呼び方でたしか「ほんこ」と「うそこ」があって、ビー玉を賭けることを「ほんこ」と言っていたと思います。ほんこはするな!と先生から叱られた覚えがあります。
転校生(転出)さん
昭和38年生まれの川崎小学校ですが、私の頃もパッチやビー玉で普通に遊んでました。ビー玉はサイコロの5の形に穴を掘って順番に入れていくやつですよね?3周して真ん中の穴に入れると鬼になって他のビー玉が取れるやつ。ちなみにパッチという言葉は転校先の東京ではメンコと言わないと通じませんでした。長岡では、メンコは一円玉位の小さいやつで指に挟んで飛ばして遊ぶやつで、それより大きな丸や四角で地面に叩きつけて遊ぶのはパッチ、と使い分けていましたが。
おおてまんじゅうさん
私が小学生になる前、昭和36年まではパッチ(パッチンとも言ってました)やビー玉は男の子の遊びの王様でした。その後急速にみなくなりました。パッチは●や■とか、月光仮面の絵が描いてあるのとか様々で、遊びそのものとコレクターとしての両面があったように思います。近所の悪ガキにせっかく集めたパッチをみんな取り上げられ、ベソかいていたことなど懐かしいです。

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