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三八(サンパチ)豪雪

今年は豪雪です。思い出すのは昭和38年の豪雪。当時小学3年生でした。電線を足元に見ながらの通学、雁木の中は昼でも真っ暗闇、家は2回からの出入り。新発田の自衛隊が火炎放射器で消雪を試みたりして、子どもにとっては楽しい毎日でしたね。大人たちは大変だったけれど。

投稿者:ゆきだるまさん 登録日:2012-02-03

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んぼのなーよがきつさん
救援の自衛隊が小学校に宿泊していた。袋町の通りは降ろした雪が雁木よりも高くなり、道路を横断するトンネルもいくつかあった。降ろした雪だから固い雪の山だ。毎日灰色の空。雁木の下はうす暗く、真っ暗とも言えるような所も多かったし雪が入り込んでいて通れないところも多く、道路上の雁木より高い雪の山の上に道が作られていた。段差のあるでこぼこ道。当時の道路は舗装されてないものが多く消雪パイプは考えられない。ホースで水を流して雪を解かしている人たちはいた。教室の黒板に自衛隊の人が励ましの言葉を残してくれた。
快傑ハリマオさん
消雪パイプの有効性が認められたのが38豪雪のときで、その後、全国の雪国に普及していきました。消雪パイプは浪花屋製菓の社長によって考案され、試験的に大手通りの一部に設置されていましたが、38豪雪の時おおいにその効果を発揮し、全国的に注目されることとなりました。最初は長岡市が特許を持っていましたが、特許を主張するほどのメカでもないということで、市は特許権を放棄しました。

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