この場所の思い出
小学生の頃、今はなき長崎屋の6F?のエスカレーター脇にあった切手や古い紙幣、コインなど売っていて珍しい記念切手など買っていたなー。 今あるのかな?
小学生の頃、今はなき長崎屋の6F?のエスカレーター脇にあった切手や古い紙幣、コインなど売っていて珍しい記念切手など買っていたなー。 今あるのかな?
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切手・コインの店。一時期、みんなが集めていた。
だいぶ昔になりますが、母親が大手通りの店で買い物をするとグリーンスタンプというシールを貰って、台紙に貼って集めていたのを思い出しました。何か景品と交換出来たのでしょうか。
小学生の頃に通い詰めた切手屋さんです。 毎日のように品定めに通い、小遣いが入ると真っ先に買いに行っていた思い出があります。 実家の整理をしていたら当時買った切手のファイルが出てきました。 確か、現在の河井継之助記念館の近くにあったと思います。 誰か情報はありませんか? 宜しくお願いします。
私にとって切手商と言えば,これまでも出ていた,長崎屋に入っていたところなのですが,私の知る限りで,現在の河井継之介記念館の向かい側あたりに,古ぼけた切手商がありました。おじいさんみたいな方がやっておられましたが,私の中のイメージとして,こういうお店がまさに“切手商”なのでした。また,40年くらい前でしたが,大和があった時に,確か切手コーナーがありました。当時は私にとって長岡は大都会なのでした。
駅前にあった長崎屋の期間限定で、米軍払い下げの店が出店してました。 小学生の小遣いで買える、ピーナッツバターの缶詰や使い終わった弾丸の薬きょうなんかを買っていた友達もいました。
私が柏崎から長岡に独り暮らしを始めた昭和60年頃、長崎屋にあった切手商に通っては記念切手をあさっていました。若い女性の店員さんが気さくに話してくれて楽しい時間を過ごすことができました。もしかしたら切手よりもお姉さん目当てだったかも?
中古ゲームショップの先駆け的存在。 店側が決まった査定額で買い取ったり売ったりするのではなく、 客が自分で売値を決めて、売れたら支払い! という商法は、当時チビッコだった私にはかなりアンダーグラウンドなお店に見えたものです。 でも、人気ソフトが破格値で手に入ったりするので、結構足しげく通ったりもしてました。 ちなみに、私の通っていた学校では「アイソフトに行くの禁止」でした。これって営業妨害?
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
川西にムサシができてつぶれるまでは、コメリホームタウンと並んで、めっちゃオモロイショッピングセンターたった。幼稚園前の子を遊ばせるコイン乗り物ランドは、重宝したよ。
古いせまい玩具やで、でも中に入ると案外新しいものがあって驚きがあった店。2?3年以上前に閉店したような記憶が..
いまでもあるとうちゃんラーメンとは別に、かあちゃんラーメンってあったのを覚えていますか?
今でも、Googleに「長岡現代美術館」で 約 147 件がヒットします。それプラス「大光コレクション」では、当時の出来事がおぼろげながら呼び起こされます。 私は30年ほど前、高校時代に通い、マックス・エルンストの絵(墓碑銘?)が印象的でした。心の友も連れて行きました。当時、長岡の底力を見る思いでしたが、現実の底力は弱かった??
長岡を離れて14年、今でも、みまつやはあるのかな?シュークリームのサンキューまつりってありましたよね?
大手通十字路にあった覚張書店の2Fにもピーコックがありました。そこのお好み焼きがピーコックの中でも一番うまかったような気が・・・
昨年、6月東坂の上町2階にある 純喫茶 東亜さんが閉店されました。 夏場は冷麺が色々種類あって、モーニングから夕方6時まで営業してました。結構ビジネス街の一角にあって店内もそんなにひろくないんですが、ゲーム機が2台あったり、長岡逸品シリーズや長岡祭りにも参加されてました。経営者の方も身内でやってられたみたいで、結構通わせて貰ったところです。30年以上長岡の町で頑張ってこられた店が閉店してのを見たときちと時代の流れを感じ取ったのはわたしだけでしょうか?
長崎屋の1Fにあった喫茶店。ポパイの漫画で出てくるハンバーガーばかり食ってる奴の名前。その名の通りここのハンバーガーはハイカラで美味しかった。
コメント一覧 (5)
旧立川病院前にもあったよね あっ切手帳どこだっけ
あの奥さん(?)、今でもたまに今朝白原信で見かけます あの容姿は全然変わってないですね
明治公園の出口の道を渡ったところにあったねえ。私の通っていた小学校では切手収集がブームだった。それでせっせと普通の切手を封筒からはがして集めてたもんだよ。 ところがこの店に行くとショウケースの中の「ビードロを吹く娘」や「月に雁」など、小学生ではとても買えない切手を別世界の物のように眺めていたよな。本当に宝石のように輝いていたよ。
ここが発祥地です。 少しふくよかな、メガネをかけたご主人の顔を今も覚えています。(40年以上前のことですが) 月に雁、見返り美人、買えなかった。
私は,この6階のお店によく通っていました。当時はプータローでしたのでお店の助成の方とよく切手談義に花を咲かせていましたよ。あの方はどうしているのでしょうか?