この場所の思い出
夏目漱石の長女が数十年間長岡に住んでいたと聞いたことがあります。本当ですか?
夏目漱石の長女が数十年間長岡に住んでいたと聞いたことがあります。本当ですか?
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子供のころ、村祭りのときは神社の敷地に芝居の舞台が設営され、田舎まわりの劇団が毎年やってきました。そのほかにも年に何回かまわってきて小学校の体育館で公演していました。でも、いつの間にか村祭りのときも、小学校へも来なくなってしまいました。あの村祭りの劇団は何年ころまで村々を巡回していたのでしょうか。どこの劇団だったのでしょうか。
皆さんは「二年参り」に行きますか(行きましたか)。 「二年参り」という表現自体、新潟県や長野県など一部で使われていることばの様です。 一般的には「初詣」といいますよね。 さて、皆さんは「二年参り」「初詣」でどこの神社・お寺に行きますか? 私自身は正直言って行くのを億劫がって、親に無理やり連れていかされた記憶があります。 罰当たりですね。 3か所くらいの神社を大晦日から元旦にかけて車で回ったものです。 我が家では、近くの神社と、平潟神社、その後は親のその時の気分しだいという感じでした。 有名なのは蒼紫神社、平潟神社でしょうか。 最近は、近くの神社・お寺で近所の方と年を越す人も多いですよね。 皆さんはどうでしょうか?
タモリさんが長岡花火開催日に来ましたよね!覚えてる方いらっしゃいますか?
今から17年前くらいに前に、よく通いました。長岡には昭和57年から約10年ほどいまして、今は東京で生活しています。 当時私は飲み屋で仕事をしており、客から(女性)逆ナンパされて、紙切れをもらい見たら(つぼ八で待ってます)と書いてありました。私は仕事が終わってから、つぼ八に行くとその女性が飲んで待ってました。その後その女性と私は結婚を致しまして、現在は16歳になる娘もおります。私にとって長岡は第二のふるさとであり、決して忘れることの出来ない色々な想いでがあります。ところでつぼ八ってまだありますか??
あかちょうちんが、まだカウンター席だった頃、よく養老乃瀧に飲みに行きました。 火野正平に似た店長の事が妙に懐かしいです。 あの頃(今から18年前)、高木美保に似た方と千堂あきほに似た方が、バイトしてました。 今は、お二人とも家庭に入り、お幸せに暮らしてる事と思います。 私にとって養老乃瀧は、忘れる事の出来ない思い出深い場所です。
長期休止中の懐かしブログ、当なつかし☆ながおかサイトとともに潤いの源でした。 20年くらい前、昔の漫画や遊びから入ったところ長岡情報がてんこ盛り、それもそのはず長岡出身の方の運営と知り超ビックリ!現在のご様子がとても気がかりです。
担任の先生が、たしか・・・「消えたおじさん」と言う本を読み聞かせてくださいました。もう57歳になりましたが、小学校低学年の頃の思い出で記憶に残っているのです。今石川県金沢近郊に住んでいます。「ながおか」は心のふるさとです。
長岡出身者なら誰もが「懐かしい」フレンド! なかでもマルセンの地下の店は、数あるフレンド店舗のなかでもスタンダードでしょう。 県外の人に、イタリアンの話しをして、 「焼きそばにミートソース!?なんじゃそりゃ?」 とひかれてしまった経験、あるんじゃないですか?
ご存知、長岡の偉人の一人「山本五十六」の銅像があります。 「山本五十六元帥」は、逆境をバネに海軍大将まで上りつめた人。また、戦時中の日本にあって先見の明を持った人物で、日本の軍事力の限界を予見しながらも、祖国のために軍人に身を処していた、なんだかカッコよい、長岡が誇る歴史上人物ではあるのですが・・・ この公園は、薄暗い中に銅像がドドーンとそびえていて、ハッキリ言ってかなり不気味でした。 子供の頃、大手通での買い物の帰りに、この公園に迷い込んだときは、マジで泣きそうになりました。 今は、記念館ができたことですし、あの頃よりはオープンな雰囲気になっているのでしょうか? 今度行ってみよ。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
階段を上がると、電車の模型のジオラマがガシャガシャと走り、レジの奥には「ディスクシステム」の書き換え機が・・・ 懐かしい、長岡のチビッコの夢の世界でした・・・
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (2)
夏目漱石の長女「筆子」と結婚した作家「松岡譲」の生家が長岡市村松町の本覚寺なので住んでいた可能性があります。
本当です。松岡譲の生家である本覚寺の近所のものですが、昔から親に言い聞かされてきました。