この場所の思い出
米軍作成のの古い地図、ご参考になれば・・・ [link=http://www.lib.utexas.edu/maps/ams/japan_city_plans/txu-oclc-6542066.jpg]http://www.lib.utexas.edu/maps/ams/japan_city_plans/txu-oclc-6542066.jpg[link]
米軍作成のの古い地図、ご参考になれば・・・ [link=http://www.lib.utexas.edu/maps/ams/japan_city_plans/txu-oclc-6542066.jpg]http://www.lib.utexas.edu/maps/ams/japan_city_plans/txu-oclc-6542066.jpg[link]
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昭和57年に新幹線が開通したころ駅前再開発によって駅周辺の景色がすっかり変わってしまいました。昭和30年代までは駅前広場の北側はバスターミナルになっており、小さな飲食店が並んでいました。30年代後半に当時としては立派なニューロンビルが建てられました。 ところで、駅前広場の南側にいまはなき長崎屋が建てられる前はどんなだったか思い出せません。また、広場の中央にあった銅像はどうなったのでしょうか?
2016-03-11で廃止されたそうです。http://www.post.japanpost.jp/notification/storeinformation/detail/index.php?id=2626
懐かしい長岡ではありませんが、関東に出てきた長岡人には懐かしむスポットがあります。台東区浅草橋にある長岡の郷土料理の居酒屋です。おかちょ〜とよみます。東京にありながら(そいが〜て だっけさ〜)とリトルナガオカと化してます。のっぺ最高です。スレ違いすんません。
やっぱり長岡といえば青島でしょう!東京秋葉原にも進出。行列でなかなか食えないよ。
その昔、大手通りには「大和」、「丸専」、「丸大」、「イチムラ」のデパートと、 デパートみたいなスーパーマーケットの「長崎屋」がありました。 それぞれに専門性があり、買い物の内容や食事などで行き先を選んでいました。 また、「大和」、「イチムラ」、「長崎屋」のCMソングも頭に残っていますね。 皆さんはどのように行き先を選んでいましたか?
私が保育園の頃(45年以上前の話です )、駅から城内通りを旭町のガードの方に向かって行くと巨大な「 キャバレー富士 」がありました。とにかく巨大なビルに屋上には物凄いネオンサインがあってビカビカ、チカチカとまさに昭和のネオンサインを光らせていました。ここも保育園の私は「将来絶対行く! 」と決めていたお店でしたがやっぱりその夢は叶いませんでした。最近知ったのですが、キャバレー富士や長岡市を舞台に、小林旭、東京ぼん太が出演した映画 「 爆弾男といわれるあいつ 」というのがあるとの事です。あの界隈で撮影したらしく、当時のキャバレー富士、殿町、観光会館、もしかしたらフランス座とか写っているかも!見てみてたい映画です!
ここはピーコックとかと違って人気ではなかったですが、単品でジャンボフランクがあり、今どきのとは違ってかなり肉っぽい感じがして美味かった。
中学のとき高校受験直前、友人に「あの怪しいお店行かない」と誘われ入った。モーニングがおいしかった記憶が。怪しさ=大人の香りだったあのころ…。
毎年お花見シーズンになると賑わうこのスポット。昔は手漕ぎボートもあり、近くに釣堀もありました。池のすぐそばに『湖畔亭』という喫茶店があり、生まれて初めて外食でミートソーススパなるものを食べました。今でも実家に帰ったときに愛犬と散歩しますが、シーズンじゃない時は寧ろ不気味ささえかもし出してるこの場所。昔はにぎやかだったのになぁ...ここはまさに80年代全盛だった気がします。自分は今でも好きなスポットです!
今でも、Googleに「長岡現代美術館」で 約 147 件がヒットします。それプラス「大光コレクション」では、当時の出来事がおぼろげながら呼び起こされます。 私は30年ほど前、高校時代に通い、マックス・エルンストの絵(墓碑銘?)が印象的でした。心の友も連れて行きました。当時、長岡の底力を見る思いでしたが、現実の底力は弱かった??
高校一年まで長岡駅から悠久山まで栃鉄で通学しました。とっ鉄のおじさんたちも気さくで 蒼紫の歩道から走りながら(おじさーん、待ってぇ)と手をふると (早くこいてぇ)と電車の発車を待ってくれたものです。暑い夏は走行中にドアを開けてても 注意された記憶がありません。古き良き時代でした。二年になる頃に廃止となり残念でした。もう一度乗ってみたい電車です。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (2)
この地図すごく面白い。 昔は道路が狭かったんだね。空襲からの復興で国道が整備されたのかな。
米軍が保有していた公知の日本側の資料を基に終戦の年に作られたみたいですね。 日本軍は米軍の様にここまで相手を調べたうえで開戦を決断したのだろうか?