この場所の思い出
中華そば---なくなりつつあります。雪下ろしの昼に出前してもらうとうんまいです!!東神田「よしや」は健在ですが、なつかしの味で投稿です。小出の「小出食堂」、柏崎の「やぶそば」ともどもお勧めします。皆さんも応援してやってください。
中華そば---なくなりつつあります。雪下ろしの昼に出前してもらうとうんまいです!!東神田「よしや」は健在ですが、なつかしの味で投稿です。小出の「小出食堂」、柏崎の「やぶそば」ともどもお勧めします。皆さんも応援してやってください。
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希望ヶ丘小学校の近く、北山にあった食堂です。中華そばをよく出前してもらってた記憶がありますが、30年経ってるからもう無いかな…?どなたか知ってる方がいらっしゃったら嬉しいですね(^^)
やっぱり長岡といえば青島でしょう!東京秋葉原にも進出。行列でなかなか食えないよ。
懐かしい長岡ではありませんが、関東に出てきた長岡人には懐かしむスポットがあります。台東区浅草橋にある長岡の郷土料理の居酒屋です。おかちょ〜とよみます。東京にありながら(そいが〜て だっけさ〜)とリトルナガオカと化してます。のっぺ最高です。スレ違いすんません。
餃子がおいしい。フレンドぎょうざのあの美味さとは対極を成す美味さだと思います。また、もし今度帰省したら絶対外せない王雅和の中国そばは、うまいと思わないんだけどやっぱりまた食べたくなる・・・要するに「好きだ」ってことかぁ(笑)
稽古町、今はなき中華「珍萬」。生まれ育ったのが福住なのでよく出前とりました。祖母があそこの中華丼の大ファンだったんです。隣の寿司屋「加久登」は現役ですね。あ、あと、「珍萬」の隣には豆腐屋。そして豆腐屋の向いには駄菓子屋。あー、めっちゃ懐かしいぜ!!
今は無き長崎屋の最上階。 直通エレベータがあって、そこから直に上れた。 レーンは、普通のボウリング場よりも明らかに短く、さらに微妙に「かしがって」いて、球がナチュラルに変化するという、非常にクセのあるボウリングが楽しめる場所でした。 あの頃は、スコアはすべて手書き。 それと、これはうろ覚えですが「パーフェクト賞は、オロナミンC一年分」とかいう横断幕がデカデカと飾られてたような覚えが・・・
CD全盛期にレコードの針とかを売っていたマニアックな店。 私は良く知りませんが、長岡では、かなりの老舗だったんでしょうか? 他の店では売切れてるような人気のCDとかが、普通に売っているような事もあり、結構お世話になりました。
オシャレはよくわかんねぇけど、とりあえず「かあちゃんが買ってきた服だけは着たくねぇ!」 という、ちょっとシャレっ気の出てきた、小生意気な男子中学生が服を買いに行く店。 ちなみに、今はイーオンかなんかになってます。 わたくしも服買ってました・・・。
半端モンがボンタン買う店。 中学のときは 「池津屋に行くと、○○さんに、覚張の脇に連れ込まれて金とられるぞ」 という噂を真に受けて、こっそりココで、ボタンの裏の「留め具みたいなモノ」(正式名称忘れました)とかを買ったりしてました。 不良ツールの販売店の割りに、店員さんが妙にスマイルで、ブティック並に接客が良かったのを記憶してます。
プラモだけじゃなく、ボードゲームやテーブルトークRPGなどのマニアックな商材を揃えており、なぜか本店と差別化が図られていた。 ここで買った一番の思い出の品は、100面体のサイコロ・・・・。 結局何の役にも立たないまま、紛失。
干場の交差点(フジ理容室がある)から川崎方面に行く道は私の生活・通勤経路でした。(28年くらい前です。)レストランムービーと眼科医院を通り過ぎて橋を渡ると左側にヤマザキデイリーストアがありました。三叉路の交差点にはスーパー(ツチダ?原信?)がありました。今は変わっていますか?
戦後すぐ、家庭に風呂が不足している時代に大和湯は始まり、昭和62年創業者平井久右衛門が亡くなるまでの約40年間の歴史だが、時代の変化に対応しながら最盛期は二階に家族団欒で入れる『家族風呂』を開設した。当時としては画期的で、家庭の延長として広く利用されていた。木造時代と鉄筋コンクリト造時代があり、オゾン風呂、コーヒー牛乳が懐かしい。
確か、こんな名前だった気がします。(本当はアルファベット表記) ヨーカドー立体駐車場と東北電力の間の道を長町方面に歩いていくと、オシャレ雑貨のお店がありました。90年代初めごろ、友達に教えてもらいよく行きました。それまで知らなかったインポートな雑貨がゆったりとしたお店に飾られていて、ただ眺めるだけに入店したこともありました。 今でもあるのでしょうか?
私にとって切手商と言えば,これまでも出ていた,長崎屋に入っていたところなのですが,私の知る限りで,現在の河井継之介記念館の向かい側あたりに,古ぼけた切手商がありました。おじいさんみたいな方がやっておられましたが,私の中のイメージとして,こういうお店がまさに“切手商”なのでした。また,40年くらい前でしたが,大和があった時に,確か切手コーナーがありました。当時は私にとって長岡は大都会なのでした。
今もあるかどうか、長岡を離れて久しい私には分かりませんが、昭和30年代、長岡にあったお寿司屋さんです。「蛇の文」、「みよしの」、「若竹」、他にいくつかありましたが思い出せません。父に連れられて、カウンター席で緊張しながら海苔巻きをつまんでいたことが懐かしいです。小僧寿しなどのチェーン店がまだない時代。それぞれのお店の大将のカッコイイ姿が目に浮かびます。
コメント一覧 (4)
「絶滅危惧種中華そば」生き残りのために行ってください!!
40年前に近所に住んでいました。 懐かしいです。次の休みに行きたいと思います。
出前もしてくれるので、「さんぱち市」の人たちが重宝してると聞いたことがあります。
よしやのラーメンは ラーメンじゃありません、「中華そば」中華そばの王道をゆく絶品