この場所の思い出
これも人気のディスコでした。赤ちょうちんビルの6階?でしたっけ? あの頃は楽しかったなぁ。
これも人気のディスコでした。赤ちょうちんビルの6階?でしたっけ? あの頃は楽しかったなぁ。
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人気NO1ディスコだったとおもいます。吉田カバン屋の6階?でしたっけ?毎日通ってました。
90年代後半くらいまであったカラオケBOX&バー&ラウンジ。特設ステージで歌いきった日には気分良く酒が飲めたもんです!しかし何年か前、下の階の飲食店の火事で閉店したようです。スモーク焚いてくれたり、店員さんたちがみんな良い人ばっかりで週末は大騒ぎしてましたね?相当通ってましたよ、カウンターレディのKちゃん目当てに・・・・
たしか5階だと思ったんだけど・・・ ちょっとしたゲームコーナーみたいになってました。 ドラえもんのデカイ乗り物によく乗った。 カラオケボックスも最初の頃は、上にあったんだよね。
南中の近く柏町のビルの2階に昔、ボーリング場があって、そこの一階にスポーツ店があったとおもいます。ここで初めて「NIKE」のシューズを見ました! ブレイザーハイや、エリート、LTD?とか、見たこともない斬新なデザインに圧倒されました。 その頃はバスケしてたのですが、靴は「オニツカ」のファブレDC-LかSばっかりで、先輩がNIKE履いて来た時、みんな「なんだあれ!」「ニケってなんだ?」(笑) でも、むちゃくちゃかっこよかったのを覚えてます。 (今は全くナイキ履きませんが・・・・)
喜多町で1階が「AVN」だったかな?レコードやミュージックテープを売っているみせの2階に有りました。 ログハウスの様なウエスタン調の店内で幌馬車風のテーブル席が気に入って今のかみさんとデートに使っていました。
今は無き長崎屋の最上階。 直通エレベータがあって、そこから直に上れた。 レーンは、普通のボウリング場よりも明らかに短く、さらに微妙に「かしがって」いて、球がナチュラルに変化するという、非常にクセのあるボウリングが楽しめる場所でした。 あの頃は、スコアはすべて手書き。 それと、これはうろ覚えですが「パーフェクト賞は、オロナミンC一年分」とかいう横断幕がデカデカと飾られてたような覚えが・・・
CD全盛期にレコードの針とかを売っていたマニアックな店。 私は良く知りませんが、長岡では、かなりの老舗だったんでしょうか? 他の店では売切れてるような人気のCDとかが、普通に売っているような事もあり、結構お世話になりました。
オシャレはよくわかんねぇけど、とりあえず「かあちゃんが買ってきた服だけは着たくねぇ!」 という、ちょっとシャレっ気の出てきた、小生意気な男子中学生が服を買いに行く店。 ちなみに、今はイーオンかなんかになってます。 わたくしも服買ってました・・・。
半端モンがボンタン買う店。 中学のときは 「池津屋に行くと、○○さんに、覚張の脇に連れ込まれて金とられるぞ」 という噂を真に受けて、こっそりココで、ボタンの裏の「留め具みたいなモノ」(正式名称忘れました)とかを買ったりしてました。 不良ツールの販売店の割りに、店員さんが妙にスマイルで、ブティック並に接客が良かったのを記憶してます。
プラモだけじゃなく、ボードゲームやテーブルトークRPGなどのマニアックな商材を揃えており、なぜか本店と差別化が図られていた。 ここで買った一番の思い出の品は、100面体のサイコロ・・・・。 結局何の役にも立たないまま、紛失。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (3)
「あの頃」が楽しかった方がうらやましいです・・・・・わたしなんか「ですこ」など縁のない暗?い青春でしたからねぇ。(苦笑)
チャーリーズ!!私はここでディスコデビューしたんですう(^^)/高2の時、年上の彼に連れてってもらったなあ〜、姉からメイク道具借りて一所懸命背伸びしてたっけ…
チャーリーズのオーナーが父の友達でした。超常連で高校生の分際で1週間に2回位通っていました。高校1年生の時に逆ナンされて(忘れもしません20歳の美容師)ここのお客に男にしてもらいました。店長の荒○さんに「お〜い○○。E校の先コウ補導に来たからカウンターに隠れろや。」と匿ってもらったりしました。硬派のピット、遊び人のチャーリーズって感じでした。