この場所の思い出
今はバイパスになってるはずですが、踏切があったころあった玉木や。 カード買ったり、30円のサイダー飲んだり、ルパンっていうゲームありましたよね。
今はバイパスになってるはずですが、踏切があったころあった玉木や。 カード買ったり、30円のサイダー飲んだり、ルパンっていうゲームありましたよね。
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四郎丸の交差点から四郎丸交番への途中の緩い左カーブの南側3軒目くらいにあった駄菓子屋?一文店?昭和50年ころよく行ってました。古い木造の店で雁木状になってたかな。プラモとかは紐で数珠繋ぎにぶら下げてあって、5円とか10円のオレンジガムやヨーグルト味の怪しいカップとか…あとは何があっただろう?店主はおじいさん?おばあさん?…記憶が…
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
一時期いろいろなところにあった中古ゲームショップ。 中学〜高校生のころ、ものすごく通いました。 裏側に宝島と書いたシールが貼ってあるカセットがまだ押入れに入っています。
長岡市宮内の原信の中にカードゲームを売っているコーナーがありました 現在は靴屋になっています
昔、長崎屋7Fのゲームセンター入口脇と、丸専1Fの正面入口の奥にジュークボックスというお金を入れてレコードを聴くことのできる機械ありましたよねー。当時小学1年生の私は横浜銀蝿のツッパリハイスクールロックンロールなんて曲を親にせびってよく流してもらった記憶があります。音量も結構大きく目立った記憶が。
ピーコックと人気は二分していましたが、ソフトクリームのバニラ感はこちらの方が強く、私はファンでした。 高校時代にバス代をケチって、部活帰りに食べていました。
母親に外食に連れていってもらった時に当時食べたことがなかったナポリタンを頼んだら、味がいまいちだったのかテーブルにあったタバスコをケチャップと間違えてたっぷりかけて食べて泣いた記憶がある
長崎屋ピーコックの話題が多いですが、自分的には3F階段横のオレンジジュースの自販機が好きでした。20円くらいでドーム型のタンクの中をジュースが噴水のように循環してました。味は確かにチープん感じですが、とにかく冷えてて安くて子供が飲むにはベストだったような。
子供の頃、立ち読みしにかよってました。 目黒書店の向かい側で、記憶もごちゃ混ぜになってる。 たしか向かって左から入ると漫画コーナーがあった。それだけしか思い出せないけど、よく通ったので懐かしいです。 なくなったと思ったら東中のそばに移転してて、今はもうない。 またどこかに移転したんだろうか?
その昔、がきんちょの私にとってお買い物が一大イベントだった頃、連れていってもらうことをいつも期待していました。お子様ランチからラーメンにパフェまで・・・なんでもおいしかったのは決して誇大記憶ではないと思います。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (8)
あの玉木屋は昔栃尾鉄道が現役であったころ”下長岡”という駅前にあったお店でした。 当初は古びた家屋店でしたが一時バイパスを避けるように数メートル移転し、記憶ではコカコーラのヨーヨーチャンピオンも来たことがあったような
インベーダーゲームブームの頃が全盛でしたね。
いつもは堀金のとみやに入りびたってましたが、愛宕の友達と遊ぶ時は、たまきやに遠征したっけ。その友人は、はっさんだったりしましたが、もしかして!?
はっさんって有名人でしたよね、先輩でしたけど伝説が多くて.. 堀金のとみやって懐かしいです 従兄弟の家に泊まりに行くときはここで駄菓子かってました
玉木屋とは違う思い出ですが愛宕踏切の付近に鍋久という精肉店があって、子供の私はよくコロッケやハムカツ(貧乏ですね)を買いにお使いさせられていたものです。注文してから調理してくれるので待ち時間にキョロキョロしている私に「内緒だよ」と、おばさんが揚げたてクリームコロッケを振舞ってくれたことがよくありましたね。この場を借りてありがとう。でも熱かったです。
無愛想でちょっと怖い顔のオヤジさんが店番してて、ゲームするために100円を50円に両替すると店で使える50円券が貰えるサービスがうれしかった思い出があります。
長崎屋に併設されたゲームセンターの「ヤングプラザ」を「ヤンプラ」と言ってましたが、インベーダーゲームがあった玉木屋を「タマプラ」と言ってました。 もう30年も前の話です。
玉木や懐かしいです!30年以上前に当時小学生の私は毎日行ってました。玉木やのおっさん主宰のゲーム大会があって一位から五位迄賞金貰いました(^-^;小学生の頃オヤジがどなりながら私を探しに来ておっさんの部屋にかくまってもらいました。