この場所の思い出
長高の前の道(みどり屋のとこ)を駅方面に行き、台町の踏み切りのすぐ手前の右側にあった手打ち蕎麦の店です。蕎麦はちょっと黒っぽい、いわゆる田舎蕎麦だった。よく食べたのが「しっぽくソバ」で当時は意味も判らず食べてたけど今にして思えば「卓袱蕎麦」だったんだろうな。この店は夏になると「氷中華」なるものを始めて(冷たいラーメンに氷の塊が入っているの)これも好きで良く食べたっけ … 遠い目。で、ずいぶんな老舗だったと記憶しているけど、どこへ行ったんでしょうか。風の噂では長倉とか土合とかに移転したと聞いたのですが、どなたか御存知ですか?
コメント一覧 (10)
確か丸専デパートに支店があったと思います。実家の両親に聞いたところ、廃業してしまったようです。同じ町内だったので、よく、出前をとってました。その出前は、蕎麦が入った入れ物と、つゆが別でポットに入れてあり、食べるときにかけるようになっていました。蕎麦が延びるのを防ぐためだったんだと思います。ふのりをつなぎに使った小島屋や小千谷の須坂屋の蕎麦と違って独特な食感でした。小学校の頃、そこの息子さんとよく遊びました。3時のおやつの中華そばがおいしかったなあ。
角屋は記憶してる限りでは豊田町の一軒家の店構えが最後と思います。90年代後半にそこが閉店して角屋は途絶えたはずです。豊田町の店にも行ったことがありますが、お世辞にも繁盛しているという感じではありませんでした。その当時は小嶋屋を中心とする布海苔蕎麦がブームのような時期で、取り残されたのかもしれません。殿町踏切のところにあったときは小学生で、ラーメンを食べたような記憶があります。向かいに太陽堂書店がありましたね。
中華そばが最高でした。長岡ニュータウンへの新産からの上がり口に蕎麦屋があって同じ味でしたが、なくなりました。たしか----谷川岳に登りに行った時に、土合に「角屋」あって昔は同じ中華でした。今、どこかでやってませんか?
「角屋」ではなくて、「角弥」が正解です!
角弥さんは同じ名前で水上町湯檜曽で店を開いておられます。 http://kadoya7.seesaa.net/index-4.html 2005年06月05日の記事を参照ください。
記事中のリンク
角弥さん豊田町ではなく、河童雨二が書かれている、長峰が最後だったはずです(豊田店閉店後に、見つけて驚いた覚えがありますので)
「角弥」系、最後の店だった場所。女性店主だった。自然食品使用の定食があったと思います。大好きだつた中華ソバもありました。復活を期待いたします。
半ドンの帰り道、友人とよく中華ソバを食べました。自分は駅裏直近のチャーシュウが大量でほとんど脂肉のお店(店名失念、どなたかご存じあれ?)の方が好みでしたが、友情に負けていました。 20年くらい前ですが、ふと思い出し移転した豊田町で中華ソバ大盛りを注文したところ、麺が2玉くらいありギブアップ(大盛りは初めてだった)、懐かしい思い出です。
水上に食べに行きましたが、味が違います。 中華そばもないし、そばのつゆも違います。 長岡で作っていた方、つゆの配合を教えてください
味は違うと思いますよ!! 「中華そば」が好きでした。なかなかあの頃の味には出会わないのですが、一番うまいと思うのは柏崎の「やぶ」というそば屋の中華です。おすすめします。小出の丸川屋、長岡の松月も好きなほうですが、「やぶ」ですね!!