この場所の思い出
みんながランチにあおきや(喜多町)に行くところ,孤独とファミレスを愛する私は,長生橋たもとのレストラン コックボーイに通っていました。
みんながランチにあおきや(喜多町)に行くところ,孤独とファミレスを愛する私は,長生橋たもとのレストラン コックボーイに通っていました。
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どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
現在のイトーヨーカドーの敷地にあったピーコックのみの店舗。中は広くそれぞれのコーナーが独立していて、アイスなどは当時ダブル・トリプルなんて作り方が長岡としては活気的で通った記憶があります。 隣の敷地には貨車村だったかが出来て当時の原宿を真似た雰囲気でした。
最上階、ボウリング場の脇にあったと思います。お好み焼きと言うより、キャベツ焼き(当時200円だったような)をよく食べてました。今のピーコックさんのお好み焼きとは、全然別物。でも、好きだったなあ…。
その昔、ちょっとした主要駅のホームに立ち食いそばの店があるのはごく普通の情景でした。そんな頃、長岡駅1番線ホームには、堂々とピーコック経営の立ち食い焼そばの店がありましたよ。
大手通十字路にあった覚張書店の2Fにもピーコックがありました。そこのお好み焼きがピーコックの中でも一番うまかったような気が・・・
厚生会館のトイ面の角にありました。まだやって居るんでしょうか?無骨なおやっさんだったけど煮込みはメチャクチャ旨かったです!!小さい頃は親父に連れられ鍋持って煮込み買いによく行ったものです。
殿町踏み切りそばにあった洋食屋さん。ここの洋風カツ丼はケチャップベースのソースに卵と玉葱を絡めてあったと思います。ハンバーグとともに、子供のときのたまの贅沢でした。出前もしてくれて近くの人は食べたことのある人も多いと思います。
中学校の部活帰りにフレンドのソフトクリームを食べに寄ったり、友達の家に泊まりに行って夜食やら色々買いに行った思い出があります。 町中の立地だったので今ではあり得ない2階建ての原信でしたね。
長岡を離れて20年以上になります。当時希望ヶ丘校区に住んでいて付近に飲食関係の店が殆ど無かったような記憶があります。 あのうまか亭の唐揚げの味が今でも忘れられません。うまか亭自体もう無くなってしまったんでしょうか? 半年前に久しぶりに長岡を訪れた時、すっかり変わった大手通りに衝撃を受けましたが、長生橋を抜け希望ヶ丘方面に向かう道路の狭さに更に驚きました。 子供の頃は広く感じてただけなんですよね〜…
昭和44年3月、初めての長岡、19歳で初めての1人暮らし。 会社でのお昼の弁当、日曜日の夕食、弁天食堂さんにお世話になった。 お金の無い私にツケで食べさして貰いました。 ラーメン・ライス、モツ煮定食、チョット贅沢に洋風カツ丼・・・思い出一杯です。 結婚し子供が出来、昭和57年に転勤するまで色々お世話になりました。 あれ以来ご無沙汰しています。 長岡、下々条での13年、私の青春時代そのものでした! 私も70歳になり、懐かしく思い出します。
今は無き長崎屋の最上階。 直通エレベータがあって、そこから直に上れた。 レーンは、普通のボウリング場よりも明らかに短く、さらに微妙に「かしがって」いて、球がナチュラルに変化するという、非常にクセのあるボウリングが楽しめる場所でした。 あの頃は、スコアはすべて手書き。 それと、これはうろ覚えですが「パーフェクト賞は、オロナミンC一年分」とかいう横断幕がデカデカと飾られてたような覚えが・・・
CD全盛期にレコードの針とかを売っていたマニアックな店。 私は良く知りませんが、長岡では、かなりの老舗だったんでしょうか? 他の店では売切れてるような人気のCDとかが、普通に売っているような事もあり、結構お世話になりました。
オシャレはよくわかんねぇけど、とりあえず「かあちゃんが買ってきた服だけは着たくねぇ!」 という、ちょっとシャレっ気の出てきた、小生意気な男子中学生が服を買いに行く店。 ちなみに、今はイーオンかなんかになってます。 わたくしも服買ってました・・・。
半端モンがボンタン買う店。 中学のときは 「池津屋に行くと、○○さんに、覚張の脇に連れ込まれて金とられるぞ」 という噂を真に受けて、こっそりココで、ボタンの裏の「留め具みたいなモノ」(正式名称忘れました)とかを買ったりしてました。 不良ツールの販売店の割りに、店員さんが妙にスマイルで、ブティック並に接客が良かったのを記憶してます。
プラモだけじゃなく、ボードゲームやテーブルトークRPGなどのマニアックな商材を揃えており、なぜか本店と差別化が図られていた。 ここで買った一番の思い出の品は、100面体のサイコロ・・・・。 結局何の役にも立たないまま、紛失。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (2)
昔ありましたね.. 長岡で唯一夜中までやってるファミレスもどきな店。
大島に広いお店でしたよね。1回だけ入りましたよ。