この場所の思い出
昭和44年から47年まで長岡にいましたが、当時よく通った喫茶店です。たしか池津屋の角から殿町方向に50m位行った所の2階だったと思います。コーヒーにゆで卵とホットドッグが付くモーニングサービスが120円くらいだったように記憶しています。今はもうないと思いますが・・・。
昭和44年から47年まで長岡にいましたが、当時よく通った喫茶店です。たしか池津屋の角から殿町方向に50m位行った所の2階だったと思います。コーヒーにゆで卵とホットドッグが付くモーニングサービスが120円くらいだったように記憶しています。今はもうないと思いますが・・・。
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35年ほど前ですが、長岡観光会館前の通りに、サイフォンでコーヒーをつくる喫茶店がありました。毎朝、互尊文庫に勉強に行く前、モーニングセットを食べるのが日課になっていましたが、あの喫茶店はもうないですよね。
20年ほど前、当時にしては遅くまでやっている店だったので、遅い集合時間の飲み会の待ち合わせによく使っていました。当時県内では珍しい機械を使ってコーヒーを入れていて美味しかった。
もう25年位前になりますが殿町1の伴清ビルの2階にコーヒー店があったのをご存じの方いませんか? 自分好みのブレンドにしてくれてカップはひとつひとつ違っていて。 オリジナルのトーストが美味しくて家で真似して作っていました。 今も何処かでやっているといいなあ。
昭和50年代前半、城内町の袋町寄りにあった喫茶店です。歩道から階段をのぼった2階にありました。やや暗かったかな?それまでは、喫茶店のコーヒーカップと言えば、お決まりの薄手の白だったと思うのですが、ここは、厚手のカップで目新しかったように覚えています。また、その少し前にさなえちゃんという曲をヒットさせた古井戸というデュオがいたので、店名が印象深かったです。ご存じの方はいらっしゃいますか?
今から25年くらい前ですが,国道8号線の関原のあたり(西郵便局に曲がる交差点の角だったと)に,Aコープとその隣に喫茶店がありました。もうかなり前に閉店したようですが,ランチなどもあり場所がらもあって落ち着いた中で食事することができました。皆さん覚えはないですか?
長岡出身者なら誰もが「懐かしい」フレンド! なかでもマルセンの地下の店は、数あるフレンド店舗のなかでもスタンダードでしょう。 県外の人に、イタリアンの話しをして、 「焼きそばにミートソース!?なんじゃそりゃ?」 とひかれてしまった経験、あるんじゃないですか?
ご存知、長岡の偉人の一人「山本五十六」の銅像があります。 「山本五十六元帥」は、逆境をバネに海軍大将まで上りつめた人。また、戦時中の日本にあって先見の明を持った人物で、日本の軍事力の限界を予見しながらも、祖国のために軍人に身を処していた、なんだかカッコよい、長岡が誇る歴史上人物ではあるのですが・・・ この公園は、薄暗い中に銅像がドドーンとそびえていて、ハッキリ言ってかなり不気味でした。 子供の頃、大手通での買い物の帰りに、この公園に迷い込んだときは、マジで泣きそうになりました。 今は、記念館ができたことですし、あの頃よりはオープンな雰囲気になっているのでしょうか? 今度行ってみよ。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
階段を上がると、電車の模型のジオラマがガシャガシャと走り、レジの奥には「ディスクシステム」の書き換え機が・・・ 懐かしい、長岡のチビッコの夢の世界でした・・・
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (5)
同じ名前の喫茶店が、吉田病院の近くにありました。 最近までやっていたようですが、今は閉まっています。
で、今は県立美術館の喫茶コーナーをしているとかなんとか
60年代後半の高校の頃、喫茶店は禁止でした。詰襟を折りこんでコートで隠して珈琲を頼んだ頃を思い出しました。今は止めた煙草を覚えたのもこの頃です。
川崎町から長工まで通学してました。ちょうど中間が薪でしたが昭和48年頃からカバンをあずけて桃山に入りびたりだった頃を思い出しますね。いい思い出でした
昭和46年頃、私は長工の1年生。中学時代の悪友達とこっそり入ったことを覚えています。 「この喫茶店に行けば学生とわかっていても灰皿を出してくれる」、補導員や先輩方の目を盗みながらタバコをすったスリルが忘れられません。