この場所の思い出
昭和の頃、実家は旧市内でも田舎で店舗も近くになく不便な場所で、たぶん毎週くらい夕方になると移動式スーパーみたいなのが売りに来ていました。大音量で音楽を鳴らして存在を示していました。記憶に残っているのは「演歌チャンチャカチャン」と漁業系の民謡で、売り終わるまでエンドレスでならしていました。昭和50年代前半くらいかなぁ?自家用車の普及でか、何かの規制で来なくなったのかな?当時うちの親は割高だからあまり買わないって言ってたっけ(笑)
昭和の頃、実家は旧市内でも田舎で店舗も近くになく不便な場所で、たぶん毎週くらい夕方になると移動式スーパーみたいなのが売りに来ていました。大音量で音楽を鳴らして存在を示していました。記憶に残っているのは「演歌チャンチャカチャン」と漁業系の民謡で、売り終わるまでエンドレスでならしていました。昭和50年代前半くらいかなぁ?自家用車の普及でか、何かの規制で来なくなったのかな?当時うちの親は割高だからあまり買わないって言ってたっけ(笑)
1 セッションにつき 1 票まで投票できます。
明治公園と山本公園の間の十字路にあった骨董やさんです。道の向い側にも一軒、店名は何て言ったけな、忘れちゃったな、同じく骨董屋さんがありました。巻勘さんは主に茶道具を中心に、向かい側のお店は小物、軸物なんか扱ってましたね。長岡は城下町だったせいか、商業都市として比較的富裕層が多かったためか分かりませんが、骨董品としてはスジのいいものが並んでいたような記憶があります。といっても昭和40年前後の古銭を集めてた小学生の印象ですからね、軽く聞き流してください。お店はまだあるのでしょうか。
東亜の裏辺りの路地にあったパブ?飲み屋?だったと思います。昼もやっていて、大学生の自分は、昼にコーヒーを飲みに行ったり、夜は仲間とお酒を飲みに行ったりしました。何故その店を知ったのかよく覚えていません。まだカラオケが普及していない時期、簡易なステージでマイクを持って歌っていた記憶があります。 お店はもうないですね…
「さんぱち」「ごと」と呼ばれた市場を懐かしく感じますが、現在はやっていませんよね?確か大和脇の道路と愛宕付近だったでしょうか…。何が店先に並んでいたかも子どもだったため記憶が薄いですが。人で賑わっていたあのころが懐かしいです。
すずらん通りのバス停前、今はカラオケ屋になっていますが、2階の壁面に大きな蟹のオブジェが付いたので覚えている人も多いと思います。 店の中に大きな生簀があって蟹料理のかに道楽と魚料理のいけす道楽にわかれていました。 お昼には低価格のランチもあって何度か食べにいきました。 全国チェーンで新潟にもお店があったと思いますが、いつの間にか県内にはお店が無くなってしまいました。
80年代の終わりごろですが、イチムラのロイヤルに、うちのお母さんによく連れて行ってもらってました。そこのハンバーグが大好きで、今はもう食べられないのが残念です。薄暗い店内も妙に好きで、今でも思い出します。店の前にちょび髭のコックの人形が置いてあった気がします。包丁か何かを持った手が、上下に動いていて、録音テープか何かでメニューをしゃべっていたと思います。95年に、長岡工業高校に入ってからの夏の最初のバイトもロイヤルでした。590円のバイト代でしたが、いいバイトでした。ちなみにコックさんの一人が、店前のちょび髭の人形とそっくりの人でしたが、偶然らしかったようです。イチムラのファミレスとダブっていたら申し訳ないです。イチムラの地下の食堂は、行ったことがないので、よく分かりませんが。。。でも、懐かしいです。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (1)
日越の農協からきてたのはひまわり号だった記憶があるなぁ