この場所の思い出
両替屋レコードの3F?
両替屋レコードの3F?
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店名を忘れました。「レイダ」だったかな?スターリンのライブがあった場所です(アナーキーだったかも)。
船乗りだったマスターが淹れる珈琲と珈琲ゼリーが美味しかった。 ミニコミ作ったよね?!(<街>だったかな?手書きだったよね。) Kはいつも、ミュージシャンやアーティストの溜まり場だった。 みんなどうしているんだろう…
昭和47年から49年頃、私は高校生でした。長岡工業へ通学途中、モーニング(ゆで卵、ホットコーヒー、パン)を注文して友人たちと良くゆんたくしたっけなぁ。
あの喫茶店(長岡書房や王雅和がある通りにあったはず)です。 高校時代に、その店に常設してあった大学ノートに、勝手に書き記したのは もう25年以上も前、いまもあるの? 昭和57年春に上京して以来、全くわからない長岡。 ついつい、思いつきですが、これだけ思い出したのでカキコミしてみました。 ではでは^^
35年ほど前ですが、長岡観光会館前の通りに、サイフォンでコーヒーをつくる喫茶店がありました。毎朝、互尊文庫に勉強に行く前、モーニングセットを食べるのが日課になっていましたが、あの喫茶店はもうないですよね。
高校の部活の帰り、三松によく通いました。レーメンは本当に美味しかった。あの味のベースは何だったんでしょうか? 細雪は、かき氷の氷がパウダーのように細かくて、白玉団子が、小さくて上品でした。また、ネーミングが素晴らしい!谷崎潤一郎の小説のタイトルをつけるなんて、心憎いです。今でもあるのかな?
高校の部活の帰り、三松によく通いました。レーメンは本当に美味しかった。あの味のベースは何だったんでしょうか? 細雪は、かき氷の氷がパウダーのように細かくて、白玉団子が、小さくて上品でした。また、ネーミングが素晴らしい!谷崎潤一郎の小説のタイトルをつけるなんて、心憎いです。今でもあるのかな?
昭和50年、村上から出てきて、初めて行った喫茶店が大手通の鍋忠の2階あたりだと思うのですが名前を思い出せません。長岡人の旦那(50歳)は、鍋忠の2階にサテンはない、と言い張ります。分かる方、よろしくお願いいたします。
今から25年くらい前ですが,国道8号線の関原のあたり(西郵便局に曲がる交差点の角だったと)に,Aコープとその隣に喫茶店がありました。もうかなり前に閉店したようですが,ランチなどもあり場所がらもあって落ち着いた中で食事することができました。皆さん覚えはないですか?
お店の名前は忘れました 料理教室の先生がやっていたらしいです。 ここのちゃんぽんが一番好きでした。
川崎地区のコメリ脇の道をを挟んでの酒屋さん。砂磁気で\55627分買ったというポイントカードを持っています。店は移転したのでしょうか。
1972年頃、駅前にあった長崎屋長岡店3階紳士服売り場で、毎週土曜日の午後2時頃BSNラジオの公開録音がありました。放送は、翌日曜日の午後3時頃だったと思います。私は、友達と3人で「古井戸の早苗ちゃん」を歌い、ラジオで自分の声を聞いて感動した記憶があります。録音スタッフは、司会の人と録音技師の二人だけでした。が、その司会の人の名前が何だったか・・・思い出せません。
今とちょっと違って,宮内郵便局の横に原信がありました。 原信の中には当然のようにフレンドがあって週末のお昼ご飯は,イタリアン+ぎょうざが定番でした。原信の脇にはボン・オーハシがあったような気もします。 1Fは食料品で2Fが生活雑貨でした。2Fはなかなか縁がなく,階段を上がると目新しいモノばかりでドキドキしたことを覚えています。
ものすごく小さな輸入盤と中古のレコードショップ。週に何度も新譜が入ってるか確認しに行きました。しまいに店員と仲良くなって、レコードを輸入してもらってました。 「実はレゲエに強い」ということなので(イギリス経由でレコードがくるので、イギリス系のレーベル)、クロックタワーレコードのアグロベーターズとか、「ポパイ」のコラムで藤原ヒロシや、松尾多一郎氏のオススメのレコードでアーティスト名と、レコード会社、レーベルを言っていろいろ輸入してもらいました。パンク物も強く、確かディスチャージの「イヤーナッシング〜」はここで輸入してもらったと思います。一緒に「カルチャークラブ」の12インチも頼んでいて、「君ってすごいセンスしてるね!聴くものがバラバラだよ!と褒められました?!(笑)
大手通十字路にあった覚張書店の2Fにもピーコックがありました。そこのお好み焼きがピーコックの中でも一番うまかったような気が・・・
中古ゲームショップの先駆け的存在。 店側が決まった査定額で買い取ったり売ったりするのではなく、 客が自分で売値を決めて、売れたら支払い! という商法は、当時チビッコだった私にはかなりアンダーグラウンドなお店に見えたものです。 でも、人気ソフトが破格値で手に入ったりするので、結構足しげく通ったりもしてました。 ちなみに、私の通っていた学校では「アイソフトに行くの禁止」でした。これって営業妨害?
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
川西にムサシができてつぶれるまでは、コメリホームタウンと並んで、めっちゃオモロイショッピングセンターたった。幼稚園前の子を遊ばせるコイン乗り物ランドは、重宝したよ。
古いせまい玩具やで、でも中に入ると案外新しいものがあって驚きがあった店。2?3年以上前に閉店したような記憶が..
いまでもあるとうちゃんラーメンとは別に、かあちゃんラーメンってあったのを覚えていますか?
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
コメント一覧 (1)
こちらの投稿、ダブって投稿されているようなので後ほど他の投稿を削除しました。