この場所の思い出
ツモリレコードさんに80年代から90年代にかけて足繁く通ってお世話になった男性です。長岡交響楽団団長でいらした社長さんが亡くなられたことは存じ上げておりましたが、「津守直一様」が亡くなられたことを耳にいたしました。津守直一さんという方は故・津守社長のご親族の方でしょうか?
ツモリレコードさんに80年代から90年代にかけて足繁く通ってお世話になった男性です。長岡交響楽団団長でいらした社長さんが亡くなられたことは存じ上げておりましたが、「津守直一様」が亡くなられたことを耳にいたしました。津守直一さんという方は故・津守社長のご親族の方でしょうか?
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音楽の相談室、ツモリレコード。中越地震後なくなってしまったのが残念です。長岡のクラシックファン(聞く側も演奏する側も)を支えてくださった大事なお店でした。 ちなみに、「音楽の相談室のつもり」というジョークをとある有名指揮者(TSさん)が飛ばしましたが、心からは笑うことが出来なかった私です。
長岡を離れて約25年。 旧友との再会のため久しぶりに長岡へ。駅前をゆっくり歩いた。投稿とおり、駅前は随分変わっていた・・・。私の懐かしスポット、ツモリレコード。長岡市立劇場ができ、有名な歌手が来るようなって、長渕剛のチケット購入に何時間も並んだ思い出がある。
「島津レコード」は見かけたのですが、「ツモリレコード」が見当たらないので投稿しました。(あったらゴメンなさい。) どちらも長岡駅前を代表する老舗レコード店と記憶しております。 私は「ツモリレコード」を良く利用していました。 大手通りに面していて、今の長岡観光コンベンション協会(アオーレ長岡の横)辺りにあったと記憶しています。 昔は、レコード盤だったし、通販もなかったので、お店まで買いにいったものです。 初めてレコードを買ったのも「ツモリレコード」さんで、確かフィンガー5の『個人授業/FINGER 5 FIRST ALBUM』だったと思います。 ジャクソン5のカバー曲も収録されていました。 しばらく他県で働いていて、長岡に戻ってきたときにはお店はなくなっていました。 色々なレコードを購入させていただきました。 この頃は大手通りにはたくさんのお店やデパートが軒を連ねていたものです。 どうしてこんなにも変わってしまったのでしょう…
こんにちは。 何年前が忘れましたが私が小学校の時にドリフターズが出ていたCMが今も忘れません。 いかりや長助さんが住職役 高木ブー、仲本工事、加藤茶、志村けんが坊主役を演じました。 確か全国にも流れていたと思いますがちょっと私も忘れましたので誰か知っている人がいましたら教えて下さいよろしくお願いします。
懐かしスポットとは言えないのですが、今から20年くらい(以上かも)前、長岡駅ビルのシャッターにモーツァルトの肖像画が描かれていたことをご記憶の方いらっしゃいますか? 何故モーツァルトだったのか理由を知りたいのです。 どんな些細なことでも構いませんので、確かにモーツァルトがいたとご記憶の方、コメントいただければ幸いです。
深沢町に日本山岳会に多大な貢献をした人物の碑があります。高頭仁兵衛という人物です。昭和33年に氏が死去したとき、昭和31年のマナスル初登頂の登山隊長だった槇有恒氏が葬儀に来たそうです。なお、槇有恒の家柄は長岡藩主牧野家の重臣でした。
当時、NSGやTOPといったメジャー学習塾が台頭する中、地味に営業していました。 かくいう私も第一ゼミにお世話になり、中3時代のいい思い出です。 現在もあのちょっと怖い塾長(確か江口さんという苗字)はご健在なのでしょうかね?
長岡出身者なら誰もが「懐かしい」フレンド! なかでもマルセンの地下の店は、数あるフレンド店舗のなかでもスタンダードでしょう。 県外の人に、イタリアンの話しをして、 「焼きそばにミートソース!?なんじゃそりゃ?」 とひかれてしまった経験、あるんじゃないですか?
ご存知、長岡の偉人の一人「山本五十六」の銅像があります。 「山本五十六元帥」は、逆境をバネに海軍大将まで上りつめた人。また、戦時中の日本にあって先見の明を持った人物で、日本の軍事力の限界を予見しながらも、祖国のために軍人に身を処していた、なんだかカッコよい、長岡が誇る歴史上人物ではあるのですが・・・ この公園は、薄暗い中に銅像がドドーンとそびえていて、ハッキリ言ってかなり不気味でした。 子供の頃、大手通での買い物の帰りに、この公園に迷い込んだときは、マジで泣きそうになりました。 今は、記念館ができたことですし、あの頃よりはオープンな雰囲気になっているのでしょうか? 今度行ってみよ。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
階段を上がると、電車の模型のジオラマがガシャガシャと走り、レジの奥には「ディスクシステム」の書き換え機が・・・ 懐かしい、長岡のチビッコの夢の世界でした・・・
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (3)
津守さん→正しくは津森さんです。 津森さんのせがれさんである直一さんは、癌で亡くなられました。
ツモリレコードさんの情報はこちらにも投稿されています。 http://www.nomeshi.net/spot.html/144
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https://tsumorirecords.com/ 受け継がれてます
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