この場所の思い出
食べたい食べたいと思っていたのに、 まだ食べてない…。 読み方は「まあまらーめん」
食べたい食べたいと思っていたのに、 まだ食べてない…。 読み方は「まあまらーめん」
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母親に外食に連れていってもらった時に当時食べたことがなかったナポリタンを頼んだら、味がいまいちだったのかテーブルにあったタバスコをケチャップと間違えてたっぷりかけて食べて泣いた記憶がある
我らが定番味噌バタコーン。カレーラーメンもうまかった。ああ餃子もうまかった。
江口だんごの甘味処で和風ラーメンがとってもあっさりしていて、おいしかったです。セットで漬物(しば漬け?)と一口のだんごが付いていました。ラーメンを食べ終わった後の一口のだんごがたまらなく、おいしくって至福のひとときを堪能していました。もう一度食べたいです。 場所はレストランナカタの並びにあったと思いますが・・・
友人に連れられ、初めて食べたカルボナーラは絶品でした。それまでスパゲッティはケチャップ味で食べるものと思っていた私にとっては、恥ずかしながら衝撃のお店であり、衝撃の味でした。(笑)
今でもあるけど、金子屋って昔はとにかく麻婆ラーメンが売りでしたよね。 最近はすっかり聞かなくなったけど、当時は学校帰りにこればっかり食べてたと思います。 350円位で。 今食べると当時より味が薄くインパクトが減ったと思うのが残念で..
長岡出身者なら誰もが「懐かしい」フレンド! なかでもマルセンの地下の店は、数あるフレンド店舗のなかでもスタンダードでしょう。 県外の人に、イタリアンの話しをして、 「焼きそばにミートソース!?なんじゃそりゃ?」 とひかれてしまった経験、あるんじゃないですか?
ご存知、長岡の偉人の一人「山本五十六」の銅像があります。 「山本五十六元帥」は、逆境をバネに海軍大将まで上りつめた人。また、戦時中の日本にあって先見の明を持った人物で、日本の軍事力の限界を予見しながらも、祖国のために軍人に身を処していた、なんだかカッコよい、長岡が誇る歴史上人物ではあるのですが・・・ この公園は、薄暗い中に銅像がドドーンとそびえていて、ハッキリ言ってかなり不気味でした。 子供の頃、大手通での買い物の帰りに、この公園に迷い込んだときは、マジで泣きそうになりました。 今は、記念館ができたことですし、あの頃よりはオープンな雰囲気になっているのでしょうか? 今度行ってみよ。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
階段を上がると、電車の模型のジオラマがガシャガシャと走り、レジの奥には「ディスクシステム」の書き換え機が・・・ 懐かしい、長岡のチビッコの夢の世界でした・・・
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (2)
閉店して残念です。息子がここのラーメン大好きでした(;_;)
三条店はまだあります。 また食べたい場合は三条に行くことを薦めます