この場所の思い出
「なつかし世代」には昭和生まれの人が多いと思いますが、 3つ目の元号を迎えるにあたり、思うことはありますか? また、「自分は、こんな新元号を予想していた」、 「元号に抱く印象」などもどうぞ。
「なつかし世代」には昭和生まれの人が多いと思いますが、 3つ目の元号を迎えるにあたり、思うことはありますか? また、「自分は、こんな新元号を予想していた」、 「元号に抱く印象」などもどうぞ。
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まだあのカプセルはオープンされてないのでしょうか? 昔、あのカプセルの前を通る度に、 「あれが開く頃は俺もオヤジになってるんだなぁ〜」とか 「あれが開く頃は結婚してんのかなぁ〜」とか 変な未来予想図を描いてました。(笑)
ここは、昭和54年〜56年「長岡高校」で育った私がお世話になった高校前にあるパン屋さんです。 当時の高校生なら「旭屋」ですぐわかります。今はあるのでしょうか?(東京に出て四半世紀以上経つので、現在どうなったか、知らないのです) 当時の長岡高校は、甲子園に一年おきに出場するといった華やかな時代であり、運動部が幅を利かせた時代であります。 この「旭屋」さんでつけ払いで買える運動部も「硬式野球部」を始め、弓道部・柔道部・剣道部・とか・・・限定された者にしか与えられていない特権でありました。(私もその一人でした) たしか「54年の陸上部会」で 応援合戦の寸劇にて、あの伝説の「旭屋おやじ」の名セリフ 「店の入り口が自動ドアになったも、 チョーコーさんのおかげですて・・・」 とにかく、「旭屋」を知らずして長高生にあらず、でありました。 ちなみに 「旭屋」のオリジナルラベルが張ってある「サイダー」に「パンの耳」をつけて食べるのは、「長高剣道部」が始まりです! お世話になりました。ありがとう!!
ついにオリンピックイヤー、2020年になりました。 この数字をパッと見て思い出すのが、2020(フレフレ)というシャープペンシル。 30年くらい前に流行ったのですが、ご存じです? 当時は「2020年はいずれ来るけど、相当先だなぁ」と、現実味を感じることもなく シャーペンを振ってました。
皆さんは「二年参り」に行きますか(行きましたか)。 「二年参り」という表現自体、新潟県や長野県など一部で使われていることばの様です。 一般的には「初詣」といいますよね。 さて、皆さんは「二年参り」「初詣」でどこの神社・お寺に行きますか? 私自身は正直言って行くのを億劫がって、親に無理やり連れていかされた記憶があります。 罰当たりですね。 3か所くらいの神社を大晦日から元旦にかけて車で回ったものです。 我が家では、近くの神社と、平潟神社、その後は親のその時の気分しだいという感じでした。 有名なのは蒼紫神社、平潟神社でしょうか。 最近は、近くの神社・お寺で近所の方と年を越す人も多いですよね。 皆さんはどうでしょうか?
某ツイアカでもゆるぼしてますが以下の変遷をお解りの方いらっしゃいましたらその年次等を教えてくださいませ。 稲葉山伏線(宮内SCまで)が ?稲葉摂田屋線(吉田医院まで)に延伸 ?稲葉横枕線(東バイパスに接続)に延伸
龍文堂の斜め向かいにストリップ劇場があって、当時小学生で通学の時にはその前をとおると写真がガラス窓みたいなところに張ってあったなと。
鉄道模型専門のお店。
おはようございます。 ダイエー長岡店地下1階に確か飲食店があつたのを覚えています。 そこでたこ焼、お好み焼、お弁当を食べていました懐かしいと思います。
こんにちは。 かなり前の事ですけど新潟のローカルCMで料理家『さくら』さん確か50歳〜60歳位かと思いますが流れていたのを覚えています。 新潟弁で『食べらってね〜』と言う言葉が今も覚えています。 このCM誰か知っている人がいましたら教えて下さいよろしくお願いします。
あの曲まだ流れてますか?あの曲を口ずさむと 今はなき原信川崎店に母に連れられて買い物に行った記憶がよみがえります。(・・・は歌詞忘れました。)(・・・CGC〜・・・安くて豊富な品揃え〜・・〜られたり・・れたり〜)かなり微妙すぎますが、メロディはハッキリ覚えてます。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (3)
あと1週間、考えておくべきこと。 それは「令」の字の、書き方。 発表時の毛筆のように、さいご縦にはらうか。 それともカタカナのマにするか。 ひらがなの「そ」同様、個性がでそうですね。
私は生前退位の話が出る数年前に、気になって調べました。 その時の答えは、 もう次の元号は決まっていて、金庫に厳重に保存されている。 そしてその元号は『安寧』だと。 全然ちごうねっか!
「安久」説がまことしやかに囁かれていたが、このように考えてみた。。 【大正・昭和・平成・安久】(変換↓) 【T・S・H・ANKYU】 T.H.ANKYU も S.ANKYU も、なんとなく「サンキュー(ありがとう)」の響きとなる。 無意識下で、人々が言霊に惹かれた可能性はゼロでもないかもね。