この場所の思い出
ついにオリンピックイヤー、2020年になりました。 この数字をパッと見て思い出すのが、2020(フレフレ)というシャープペンシル。 30年くらい前に流行ったのですが、ご存じです? 当時は「2020年はいずれ来るけど、相当先だなぁ」と、現実味を感じることもなく シャーペンを振ってました。
ついにオリンピックイヤー、2020年になりました。 この数字をパッと見て思い出すのが、2020(フレフレ)というシャープペンシル。 30年くらい前に流行ったのですが、ご存じです? 当時は「2020年はいずれ来るけど、相当先だなぁ」と、現実味を感じることもなく シャーペンを振ってました。
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四郎丸小学校に通っていて、昭和48年(1973年)、当時、小学校4年生だったと記憶していますが、創立100周年を迎えました。 その際に、空中撮影で人文字で記念撮影をして、更に、皆で手紙や絵とかをタイムカプセルに入れて、グランド脇のプールの傍にある遊具場に埋めた記憶があります。 そこには、トーテムポールもあったと記憶しています。 今は、どうなっているのでしょうか? どなたかご存じないですか?
「なつかし世代」には昭和生まれの人が多いと思いますが、 3つ目の元号を迎えるにあたり、思うことはありますか? また、「自分は、こんな新元号を予想していた」、 「元号に抱く印象」などもどうぞ。
まだあのカプセルはオープンされてないのでしょうか? 昔、あのカプセルの前を通る度に、 「あれが開く頃は俺もオヤジになってるんだなぁ〜」とか 「あれが開く頃は結婚してんのかなぁ〜」とか 変な未来予想図を描いてました。(笑)
今は無き長崎屋の最上階。 直通エレベータがあって、そこから直に上れた。 レーンは、普通のボウリング場よりも明らかに短く、さらに微妙に「かしがって」いて、球がナチュラルに変化するという、非常にクセのあるボウリングが楽しめる場所でした。 あの頃は、スコアはすべて手書き。 それと、これはうろ覚えですが「パーフェクト賞は、オロナミンC一年分」とかいう横断幕がデカデカと飾られてたような覚えが・・・
1982年か1983年のこと、当時高専生だった私は、バイト代をためて、 自分で稼いだお金で初めてスキーセットを買いました。10万円位だったかな。 当時、坂之上か今朝白あたりにあってスポーツ屋での出来事です。 ブーツは24.5cmで注文していたのですが、店の人が言うには、 間違って27.5cmに合わせてビンディングをスキーにネジ止めしちゃったけど、 これでいいですか、だって。 今なら、とんでもない、キャンセルですって言うところですが、 世慣れていない10代だったので、納得できないまま買ってしまいました。 もう店の名前も忘れてしまいましたが、苦い思い出です。 地図では見当たりませんが、こんなアコギな商売やってって潰れたんでしょうかね。
CD全盛期にレコードの針とかを売っていたマニアックな店。 私は良く知りませんが、長岡では、かなりの老舗だったんでしょうか? 他の店では売切れてるような人気のCDとかが、普通に売っているような事もあり、結構お世話になりました。
オシャレはよくわかんねぇけど、とりあえず「かあちゃんが買ってきた服だけは着たくねぇ!」 という、ちょっとシャレっ気の出てきた、小生意気な男子中学生が服を買いに行く店。 ちなみに、今はイーオンかなんかになってます。 わたくしも服買ってました・・・。
半端モンがボンタン買う店。 中学のときは 「池津屋に行くと、○○さんに、覚張の脇に連れ込まれて金とられるぞ」 という噂を真に受けて、こっそりココで、ボタンの裏の「留め具みたいなモノ」(正式名称忘れました)とかを買ったりしてました。 不良ツールの販売店の割りに、店員さんが妙にスマイルで、ブティック並に接客が良かったのを記憶してます。
プラモだけじゃなく、ボードゲームやテーブルトークRPGなどのマニアックな商材を揃えており、なぜか本店と差別化が図られていた。 ここで買った一番の思い出の品は、100面体のサイコロ・・・・。 結局何の役にも立たないまま、紛失。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (2)
昔、ユニークなシャーペンが開発されてワクワクしました。 サイドノックのペッカー、キャップ付きのケリー(今も現役)。 昔は、シャープペンシルは高級品で、万年筆と同様にショーケースで販売されていたものもありましたよね。 また、鉛筆のおまけも面白かった。 鉛筆1ダースを購入すると、 丸い消しゴム?の「ユニ坊主」や ドリフターズの人気にあやかって「XXちょんぱ!」なんて、今ではありえないネーミングのおまけもありました。 最近の筆記具はフリクションペンでしょうか…
そう言えば思い出しました。その昔、ぺんてるイケイケシャープペンシルっていうのがありました。ツーノックがかっこいいとか言ってドリフがCMしており、当時加藤茶の大ファンだった私は、どうしてもほしくて買いました。CMのとは違う感じで、キャップ付きでした。このサイトがなければ、一生思い出さなかったと思われる話です。長岡と直接関係ありませんが…