この場所の思い出
高校を卒業するまでアパート暮らしでした。風呂が無く台町(秋葉公園裏)の銭湯に通っておりました。何て言う銭湯だったか覚えておられる方いますか。
高校を卒業するまでアパート暮らしでした。風呂が無く台町(秋葉公園裏)の銭湯に通っておりました。何て言う銭湯だったか覚えておられる方いますか。
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長岡西病院そばで、いまは老人ホームになっているんでしたっけ? 子どもの頃、銭湯のようによく連れて行ってもらいました。 大浴場の天井が満天の星空のレリーフだったのを覚えています。 庭園もきれいで、夏はバーベキューができた・・・ような?
かなり昔に富貴上荘という銭湯&宿泊施設があったようです 周辺には富貴上住宅という3階建てのアパートがたくさんできていますがこの名前はここから来ているのではないでしょうか それともこの辺の地名なのかな? ちなみに昔はこんなに立派なアパートではなく平屋の集合住宅がたくさん並んでいました 風呂がない家庭が多かったので銭湯の需要が多かったのでしょう
その昔、上除に銭湯があって、小さいころ時々通っていた記憶があります。 確か、その銭湯は食堂もやっていてオムライスを好んで食べた記憶があります。 私の記憶では、上除保育園を川の方に下って行った所にあったと記憶しています。 また、その先には川があって向こう側は崖になっていた記憶があります。 その崖には幾つか洞窟があって、子供たちの秘密基地になっていたような…。
いまの東進予備校の前は池津屋さんでした。。後地下は、べんくーがーの学生服があったりして。。変わった形のビルでした。。
1970年頃、南町の柿川沿いにボウリング場があったと思うのですが、覚えてる方いらっしゃいますか?
長岡出身者なら誰もが「懐かしい」フレンド! なかでもマルセンの地下の店は、数あるフレンド店舗のなかでもスタンダードでしょう。 県外の人に、イタリアンの話しをして、 「焼きそばにミートソース!?なんじゃそりゃ?」 とひかれてしまった経験、あるんじゃないですか?
ご存知、長岡の偉人の一人「山本五十六」の銅像があります。 「山本五十六元帥」は、逆境をバネに海軍大将まで上りつめた人。また、戦時中の日本にあって先見の明を持った人物で、日本の軍事力の限界を予見しながらも、祖国のために軍人に身を処していた、なんだかカッコよい、長岡が誇る歴史上人物ではあるのですが・・・ この公園は、薄暗い中に銅像がドドーンとそびえていて、ハッキリ言ってかなり不気味でした。 子供の頃、大手通での買い物の帰りに、この公園に迷い込んだときは、マジで泣きそうになりました。 今は、記念館ができたことですし、あの頃よりはオープンな雰囲気になっているのでしょうか? 今度行ってみよ。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
階段を上がると、電車の模型のジオラマがガシャガシャと走り、レジの奥には「ディスクシステム」の書き換え機が・・・ 懐かしい、長岡のチビッコの夢の世界でした・・・
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (3)
富士の湯は今は駐車場になり、お子さん(遠藤さん)が家を継いでいるようです。隣のたばこ屋で暮らしていたころは(昭和38から昭和48年)お風呂の帰りの学生さんや近所のひとがアイスクリーム、コーラ、お菓子、石鹸、たばこなどよく売れました。夏は大きなアイスの保存クーラーを2つと牛乳、赤マムシ、ドリンク、大学パンなど朝早くから夜10:00過ぎまで毎晩店を閉まってからも開けてくれと買いに来るお客さんで今でいうセブンイレブンのような存在でした。 風呂の排水の熱湯がよく消雪用の雪消しに利用していたので雪下ろししたものをよくその中に入れて溶かしていました。 今は近隣は過疎化が進み、3年前にタバコ店は閉め、今はジュースの販売機のみおいている状態で、当時のたばこ屋の看板が四郎丸小学校の昭和時代の産物で飾ってあるそうです。あの頃が長岡が一番活気のある風景が50年以上たち思い出されます。
隣のタバコ屋さん、ありがとうございます。久し振りに行ってみましたら駐車場名に富士の湯が・・・。懐かしい限りです。
久し振りにこのサイトを見ましたら、結構投稿が増えていてびっくりしました。ここ2,3年で急に増えたようですね。もしかしたらコロナ禍の影響で閲覧、投稿する方が多くなったのかなあと思います..。さて本題の銭湯の件ですが、「隣のたばこ屋」さんの投稿のとおり、「富士の湯」という銭湯でした。私は子供の頃から近所に住んでいたので、家には風呂はなく、家族でこの富士の湯さんへ通っていました。確か1980年半ば頃(昭和55年前後くらい?)に営業を止めたように記憶しています。この当時は長岡駅周辺に他の銭湯がありましたね。長町に一軒(名前は忘れました)と表町か中島の町内で近くに柿川が流れているあたりに一軒の銭湯があったように記憶しています。富士の湯さんが止められてから暫く、私たち家族はこの2つの銭湯へ通っていましたが、その後自宅を改築して内風呂ができ、銭湯通いは終了しました。富士の湯での思い出は21時近くの遅い時間に入ると、しばらくして照明の電気が消えて、薄暗い中で湯に入って何となくせかされているような気分でしたが、一日の疲れがとれて風呂上がりにゆったりとした気分になれたような昭和の懐かしい想い出がよみがえります。良い時代でした。