この場所の思い出
餃子がおいしい。フレンドぎょうざのあの美味さとは対極を成す美味さだと思います。また、もし今度帰省したら絶対外せない王雅和の中国そばは、うまいと思わないんだけどやっぱりまた食べたくなる・・・要するに「好きだ」ってことかぁ(笑)
餃子がおいしい。フレンドぎょうざのあの美味さとは対極を成す美味さだと思います。また、もし今度帰省したら絶対外せない王雅和の中国そばは、うまいと思わないんだけどやっぱりまた食べたくなる・・・要するに「好きだ」ってことかぁ(笑)
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目立たないけどとてもおいしいラーメン屋さん。お小遣いが少ないのでチャーシュー麺はめったに食べれませんでしたね。もっぱら普通のラーメン。でも、満足! 場所ははっきりしません。 友人の情報では火事で焼けてしまったとか。残念です。
稽古町、今はなき中華「珍萬」。生まれ育ったのが福住なのでよく出前とりました。祖母があそこの中華丼の大ファンだったんです。隣の寿司屋「加久登」は現役ですね。あ、あと、「珍萬」の隣には豆腐屋。そして豆腐屋の向いには駄菓子屋。あー、めっちゃ懐かしいぜ!!
先頃、惜しまれつつ閉店した中華そば屋さん。店主の味に対するこだわりは有名でした。幼き頃の休日、出前を取ってもらうのが楽しみでしたね。
大手ショッピングセンターの裏手の通りにあった、夜型のラーメンや 真っ黒いスープが印象的。 メニューになかったがチャーハンが常連には人気であった。 飲んだシメに良く行ったものである。
卵色の手打ち麺は昔ながらの伸びる麺。一気にすする。普通盛で腹いっぱい。大盛は危険で頼めなかった。蕎麦も手打ちの太麺で生姜の効いた露が美味かった。正直小嶋屋より美味い。カツ丼やチャーハンも美味かった。どのメニューも安くて盛りが良く、子供連れなら普通盛二人分、千二百円位で家族四人が幸せになれた。現在はご主人が亡くなられ幻となった惜しまれる良店。
1978年頃,高校生の時にしょっ中行っていたのですが,今の秀峰塾の向かい辺りにあったラーメン屋の一番(だったと思うんですが)をご存じの方いますか? ここのジャンボラーメン(250円位だったかな)よく食べてました。 塩味のスープで透明だったのを覚えています。 あと,夏場は氷中華(冷やし中華ではない)を出してましたね。1度食べて,もういいかなと思ったものです。 店の入口の所にダシを取った後の豚骨が積んったりるすワイルドな所でした。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (3)
王雅和は昔一度火事になって、今の姿になりました。 昔は木造で今より少し広かったんです。 隣にあったパチンコ屋と一緒に火事で焼けて、パチンコ屋の跡地がビルになって万国料理屋(今は無いですけど)になりました。
家事で移転する前のお店、よく行っていました。お店の方が、小上がりで餃子を手作りで作っていたのを覚えています。
味まではわかりませんが、 2022年頃は健在です。 続いてほしいですね。