この場所の思い出
当時珍しい制服だった中央(現帝京)のボンタン買いに行ってた 城東高校みたいでかっこよかった 先輩と先生にボンタン狩りされそのたびに買ったw
当時珍しい制服だった中央(現帝京)のボンタン買いに行ってた 城東高校みたいでかっこよかった 先輩と先生にボンタン狩りされそのたびに買ったw
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いまの東進予備校の前は池津屋さんでした。。後地下は、べんくーがーの学生服があったりして。。変わった形のビルでした。。
千手小学校から少し信濃川寄り、草生津?西千手あたりの川沿いにあったと思います。今でも存在するのかは不明ですが、当時そこでスーパーカーのブロマイドを買い込んだ記憶があります。
小学校中学校の同級生の大宮雄治君の実家かと思います。 彼は商業高校を卒業して、蕎麦の本場、信州で修行して跡継ぎとして奮闘してました。店内には、甲冑が飾ってあったりして、良い感じでしたよ。 どうしてるかなぁ、今度 遊びがてら、蕎麦を食べに行こう!
今のチャレンジャー長岡店になる前は藤村アイリーでした。高校の時にバイトしたり、社会人になっても近くにあるコメリよりアイリーによく行ってました。チャレンジャーになった今でも色々と安いので結局その場所に通う事が多いですけど・・・。
5年くらい前まであった焼き鳥屋さん。 「たかくら」という名前で、女将さんはいつも割烹着の下に着物を着て、親父さんがハッピにハチマキで焼き鳥・調理を担当されていました。 焼き鳥はボリュームも味も群を抜いており、値段も非常に良心的でした。 焼肉・納豆などの定食、揚げ出し豆腐などの一品も充実しており、どれも美味でした。 店内は趣のある造りで、古き良き昭和を感じるお店でした。 帰省時は必ずお邪魔していたのですが、ある年行ってみると駐車場になってしまっており、とてもショックでした…。
今は無き長崎屋の最上階。 直通エレベータがあって、そこから直に上れた。 レーンは、普通のボウリング場よりも明らかに短く、さらに微妙に「かしがって」いて、球がナチュラルに変化するという、非常にクセのあるボウリングが楽しめる場所でした。 あの頃は、スコアはすべて手書き。 それと、これはうろ覚えですが「パーフェクト賞は、オロナミンC一年分」とかいう横断幕がデカデカと飾られてたような覚えが・・・
CD全盛期にレコードの針とかを売っていたマニアックな店。 私は良く知りませんが、長岡では、かなりの老舗だったんでしょうか? 他の店では売切れてるような人気のCDとかが、普通に売っているような事もあり、結構お世話になりました。
オシャレはよくわかんねぇけど、とりあえず「かあちゃんが買ってきた服だけは着たくねぇ!」 という、ちょっとシャレっ気の出てきた、小生意気な男子中学生が服を買いに行く店。 ちなみに、今はイーオンかなんかになってます。 わたくしも服買ってました・・・。
半端モンがボンタン買う店。 中学のときは 「池津屋に行くと、○○さんに、覚張の脇に連れ込まれて金とられるぞ」 という噂を真に受けて、こっそりココで、ボタンの裏の「留め具みたいなモノ」(正式名称忘れました)とかを買ったりしてました。 不良ツールの販売店の割りに、店員さんが妙にスマイルで、ブティック並に接客が良かったのを記憶してます。
プラモだけじゃなく、ボードゲームやテーブルトークRPGなどのマニアックな商材を揃えており、なぜか本店と差別化が図られていた。 ここで買った一番の思い出の品は、100面体のサイコロ・・・・。 結局何の役にも立たないまま、紛失。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (7)
池津屋らったw
1980年代に池津屋にはよく通ったな、ガラスボタンやヒョウ柄の長財布、短らんボンタンやアクセサリー買った、今も地下の店はあるのかな?
バンクーガーってブランドありましたね
池津屋ですね。 ベンクーガーとか不良っぽい変形学生服は、地下フロアで売ってました。
私はマックス派だった~ マックスラガーだったっけ? 池津屋近辺はコーヒーの香りがすごかったよね
90年さん 私は焙じ茶の香りだった記憶があります。 誤りでしたらすみません。
そうらった。お茶の渋いいい香りらった。