この場所の思い出
”元祖柿の種”と言ったら浪花屋ですね。あの缶を見ると長岡を思い出します。高校の時、工場でバイトをした経験があります。香ばしくていい匂いがたまらなかったな?
”元祖柿の種”と言ったら浪花屋ですね。あの缶を見ると長岡を思い出します。高校の時、工場でバイトをした経験があります。香ばしくていい匂いがたまらなかったな?
1 セッションにつき 1 票まで投票できます。
駅裏から 福住の方に向かうと「浅草屋産業?」だったか 豆を加工してる工場があった。いい匂いを すぎて 臭くて、いつも鼻をつまんで通っていた。
昭和のなつかしい匂いがするお店発見! なつかしい1?コーラ瓶がありました、もちろん未開封で・・・ほかにもいろいろありましたよ、 昔の洋風カツ丼頂きました。
長岡で「赤飯」と聞くと、ピンクのよりも 茶色のものをイメージする人が多いはず。 やさしいしょうゆの香り… ほんのり広がる甘み… ごく普通の調味料で、この味を生み出した考案者さんは天才だ…。 もち米なので、少しずつ よく噛んで食べましょう。 ・しょうゆ赤飯の思い出 ・自分で作ってみた ・長岡市民なのに、まだ食べたことのない人 ・県外の人に見せたら「茶色い赤飯??」と驚いていた… そして食べた時にこんな反応をしていた… など、ありましたらカキコミをお寄せください。
長岡の夏といえばこれを忘れちゃいけません。ミルク、イチゴ、抹茶、あずきのバリエーションがあって、割り箸の棒が斜めにささってる手作りのぬくもりを感じる逸品ですね。川西屋さん独自の技術があるらしく、味の再現は難しいのだとか?!知らなかったけど、県外まで有名な品物らしいです。神田(長岡のね)の店が有名だけど、私が小さい頃、殿町に住んでいて、そっちの川西屋に良くばあちゃんにつれてって食べさせてもらったもんです。30円の記憶があるんだけど、今80円?一口食べると小さい頃の思い出が瞬時に蘇ります。川西屋さんは夏これでうんと稼ぐ浜茶屋(これ県外で通じない)みたいですな。
現在の北陸学園の在るところだったと思います。 落花生を加工している臭いが、物凄かった記憶が残っています。
長岡出身者なら誰もが「懐かしい」フレンド! なかでもマルセンの地下の店は、数あるフレンド店舗のなかでもスタンダードでしょう。 県外の人に、イタリアンの話しをして、 「焼きそばにミートソース!?なんじゃそりゃ?」 とひかれてしまった経験、あるんじゃないですか?
ご存知、長岡の偉人の一人「山本五十六」の銅像があります。 「山本五十六元帥」は、逆境をバネに海軍大将まで上りつめた人。また、戦時中の日本にあって先見の明を持った人物で、日本の軍事力の限界を予見しながらも、祖国のために軍人に身を処していた、なんだかカッコよい、長岡が誇る歴史上人物ではあるのですが・・・ この公園は、薄暗い中に銅像がドドーンとそびえていて、ハッキリ言ってかなり不気味でした。 子供の頃、大手通での買い物の帰りに、この公園に迷い込んだときは、マジで泣きそうになりました。 今は、記念館ができたことですし、あの頃よりはオープンな雰囲気になっているのでしょうか? 今度行ってみよ。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
階段を上がると、電車の模型のジオラマがガシャガシャと走り、レジの奥には「ディスクシステム」の書き換え機が・・・ 懐かしい、長岡のチビッコの夢の世界でした・・・
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (18)
親戚の叔母が勤めています。また以前兄が一時期お世話になっていました。浪花屋の柿ピーは新潟市の某菓子メーカーより刺激が少なく子供にも最適。お摘みにもお薦めです。キヨスクで売っている柿チョコも甘辛くてミラクルな味で美味いです。国民誰もが知っている「柿の種」の起源だということに誇りを感じます。地元お菓子屋頑張れ!
私が住んでいる静岡県では某亀田製菓が主流で、あの懐かしい缶はあまり見ることができません!みんなに自慢したいのに!こっちが元祖だよ?って。 柿チョコなんて邪道と思いながら食べてみたら美味しいのでびっくりです。
浪花屋といえば…前田吟のCMが強烈でした。覚えてる人いるかな?まさかまだやってないですよねぇ!?
前田吟さんのCMは確か、電車に乗って帰って来る時にお土産として浪花屋の柿の種缶を持って帰るとゆう感じではなかったでしょうか!?(僕の新潟のお土産はいつもこれ)と台詞もあったような... ♪♪パァカパァカ ポコポコ いーなかみちぃ♪♪がよく流れてますよ。
ドラさんのお陰で記憶が鮮明になってきました!(これトシちゃんのお土産 聖子ちゃんのお土産 これ我が家の分 買ったぞぉ!)みたいな。(笑)
他として前田吟さんが実際にセゾン(現在のココロ)から駅に向う階段を昇り駅のキヨスクで柿の種を買うといったバージョンもありましたね。当時、本当に長岡でCMロケしたんだぁと思って見ていました。懐かしいですね。
私が長岡出身だと知ると、いかにもって感じで お米や酒や水を誉めてくる輩が関東には多いのですが、一度(本当の柿の種って長岡が元祖ですよね)(ピーナッツ入ってないんですよね)って言われた時は思わず嬉しく握手しちゃいました(笑)。
確かにナンチャンさんのおっしゃる通りですね。そこまで元祖浪花屋の柿の種を知ってたら嬉しくなります。今でこそ、あの缶には柿の種が各パックになってますが、昔は缶の中の大袋に柿の種が入っていて、食べて直ぐに缶フタをしないと親に(湿気てしまうて!)と怒られたものです。
ドラさんの(湿気てしまうて!)で思い出しましたが、柿の種の缶をお菓子入れやペン入れに使ってたのはウチだけでしょうか?(柿の種ネタ引っ張ってごめんなさい。)
私も連続ネタですみません。母親は柿の種缶に打ち豆他乾物も入れてました。今のようにタッパーのない時代に重宝だったと思います。
私の家でも空き缶を利用していました。たしか食器棚の上に置いてありました。多くの家庭で何気なく置かれていたのではないでしょうか。しばらく見ていませんがあの色と柄は変わっていないのでしょうか。
高校の時に浪速屋の娘さんが部活の後輩でした。 でも、柿の種の差し入れは無かったなぁ…。
社会科の勉強終わり!っていうCM覚えてます?かなり古いですが。
先週、地元の沖縄三越で新潟物産が行われました。懐かしい「へきそば」「笹団子」など、いろいろと販売されていました。もちろん浪花屋の柿の種(缶)もね。香ばしいあの味を思うだけだ食べたくなるんだけど、入れ歯の為硬いものが食べれず、ただ見ているだけでした。
娘が「きなこ柿チョコ」を買ってきました。え〜って思ったけど食べたらすごく美味しいです。浪花屋製菓も頑張ってるな〜
小学生の頃工場見学に行った気がします。東口に工場ありましたよね?前を通ると香ばしい香りが・・。
元祖浪花屋の柿の種なのに、全国的には力づくの亀田製菓のほうが知名度が上になってきているようですね。
浪花屋の柿の種といえば四角い缶ですね。子供のときはピーナッツの入っていない辛いあられでちょっと苦手でした。でも新潟を代表するお菓子を作った功労者(会社)ですね。