この場所の思い出
近年、めっきり少なくなってしまった露店。 昔は、平潟神社を中心として露店が広がり、道路を挟んだ殿町方面に金魚エリア、神社の裏手には盆栽エリアなどもあり全部見るのも大変だった思い出があるのですが… あの頃のお祭が懐かしいです。
近年、めっきり少なくなってしまった露店。 昔は、平潟神社を中心として露店が広がり、道路を挟んだ殿町方面に金魚エリア、神社の裏手には盆栽エリアなどもあり全部見るのも大変だった思い出があるのですが… あの頃のお祭が懐かしいです。
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ダイエー駐車場入口と互尊社のあたりで坂之上小学校御用達です。名前はこれであってたかな?
昭和40年までいた長岡でよく行ってた。毎日湯?という名だったろうか。袋町の横の小路にあった銭湯。前に稲荷神社があって春秋に祭礼の店が並んだ。小さな庭の池に鯉がいたかな。今どうなったろうか。
子供の頃よく遊びに行きました。鯉のあらいや料理も美味しかった。池の錦鯉も手を叩けば寄ってくるほど慣れてました。あと悠久山と同じような滑り台もありましたね。お土産に菊の花の入った四角い和菓子なんてのもありましたね。中越地震の後、廃業されたのは残念です。
今から、50年前新町小へ通っていた頃、よく同級生と一緒に蔵王様(蔵王神社・金峰神社)と隣接している蔵王公園でキャッチボールやバトミントンとかブランコなんかで遊んでいました。 家から自転車で行くのに小学生にはちょうどよい距離で、夕方薄暗くなるまで遊んでいたことを覚えています。 神社は木々に覆われていて、1000年以上前に建立された趣がある神社でした。 春と夏のお祭りのときは屋台がたくさん並んで友達と一緒に楽しんだ記憶があります。 今もお祭りやっているんでしょうか? この神社の奥に当時としては最先端のアーチ状の屋根の形をしたツガミの研究所があったかと思います。 今回、神社に行ったときにはその建物がなく、普通の団地ぽい建物?マンション?みたいなものが建っていました。 当時は蔵王様の雰囲気と研究所の建物の色合い、デザインが何となく調和していていい感じでしたが、今回久しぶりに蔵王公園に来てみて現在の風景に”なぁんか変なの”って違和感を感じてしまいました。 半世紀の時の流れって大きいですね。
毎年お花見シーズンになると賑わうこのスポット。昔は手漕ぎボートもあり、近くに釣堀もありました。池のすぐそばに『湖畔亭』という喫茶店があり、生まれて初めて外食でミートソーススパなるものを食べました。今でも実家に帰ったときに愛犬と散歩しますが、シーズンじゃない時は寧ろ不気味ささえかもし出してるこの場所。昔はにぎやかだったのになぁ...ここはまさに80年代全盛だった気がします。自分は今でも好きなスポットです!
ご存知、河合継之助のお墓があることで有名なお寺です。小さい頃は境内で書道を習いました。7月のお祭りのときは参道に出店がいっぱいでしたね。また、個人的な事で恐縮ですが、同級生の家でもあります。
長岡出身者なら誰もが「懐かしい」フレンド! なかでもマルセンの地下の店は、数あるフレンド店舗のなかでもスタンダードでしょう。 県外の人に、イタリアンの話しをして、 「焼きそばにミートソース!?なんじゃそりゃ?」 とひかれてしまった経験、あるんじゃないですか?
ご存知、長岡の偉人の一人「山本五十六」の銅像があります。 「山本五十六元帥」は、逆境をバネに海軍大将まで上りつめた人。また、戦時中の日本にあって先見の明を持った人物で、日本の軍事力の限界を予見しながらも、祖国のために軍人に身を処していた、なんだかカッコよい、長岡が誇る歴史上人物ではあるのですが・・・ この公園は、薄暗い中に銅像がドドーンとそびえていて、ハッキリ言ってかなり不気味でした。 子供の頃、大手通での買い物の帰りに、この公園に迷い込んだときは、マジで泣きそうになりました。 今は、記念館ができたことですし、あの頃よりはオープンな雰囲気になっているのでしょうか? 今度行ってみよ。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
階段を上がると、電車の模型のジオラマがガシャガシャと走り、レジの奥には「ディスクシステム」の書き換え機が・・・ 懐かしい、長岡のチビッコの夢の世界でした・・・
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (12)
思い出します。高くて買えなかったりんご飴、高校受験合格祈願、初詣デート・・・いい年したオッサンになってしまった今でも。
仕事の途中でちょうど通りかかって見ましたが、露店と露店の間がどこも1軒分以上あいててビックリでした。昔は型抜きやったり輪投げの店番やったり楽しかったのに.. もうお祭りって時代じゃないんですね
ほんと、露店が少ないって、寂しい限りですよね。 昔みたいに露店がいっぱいでるお祭、どこかにないんでしょうか? それにしても、りんご飴。 ダイナミックな見た目とは裏腹に結局「りんご食ってるだけじゃん」って途中で飽きてしまってダメでしたね。 そんなわけで私は、ノシイカ食べてました。あと他人がしっぱいしたかたぬきのカスとか…
子供の頃、7月25日に夏休みが始まると、宮内地区の祭りを自転車でハシゴしてました。 父親が大酒飲みで家が貧しかったので見るだけでも十分でしたが。 夏のはじまりは先ず、三和神社(通称溝橋)の祭りからでした。 ちけんさまは噂には聞いていましたが、交通量の多い街中にある為、根性が無くて行けませんでしたね。 露天の多い祭りですが、今は夏の締め括りに川西の関原祭りへ必ず出掛けてます。 今でも祭りが大好きで、実家のカラオケや神輿に参加したり、長岡甚句の太鼓を叩いたりしています。
お祭りや初詣で「ちけんさま」はよく行きましたね。 あと、これはお祭り時ではないのですが、一時期うなぎの釣り堀があった記憶があります。うなぎをタコ糸で釣るんですが、釣れてもタコ糸に絡みつき、糸が切れてしまうことが多かったようです。出入は自由だったので小学生のころよく見に行きました。 当時はうなぎなんて食べたこともなかったです。
暗い話ですみません。 親から聞かされた話では、長岡空襲の翌朝、境内には折り重なった死体の山があったそうです。 霊感の強い知人は「見えるから絶対行かない」と言っています。
ちけんさまの話は、おおばぁちゃんからよく聞かされました。真っ黒い遺体の中から、おおばぁちゃんの旦那様私のおおじぃちゃん)を必死で探したそうです。とうとう見つからんかったらしいですが。歩いてすぐの所に住んでいましたので、子供のころは、よくお祭りに行ったなぁ。型抜きがへたくそでねぇ^^;
昔は露店多かったのに…どうしてなのかな? ところで7月の終わり頃の見附祭りはなぜだか露店も人もとても多くて盛り上がっますよ。場違いスミマセン。
「ちけんさま」と呼んでた祭り。この舞台の踊り?で天狗のような強い人が龍と戦って美女を守るというような筋だが最後まで見たことはなかった。他の町内でも同様なものが見られるが、ほとんどの人が詳細を知らない。どなたかご存知の方、資料など教えて。この地にしかない貴重な文化です。時の変遷と共に変わってしまうもの。大事にしたいものだ。祭りに伴う様々な行事も。
神社の中に、とんび塔とか平和の塔?があって、よく子供の頃そこで遊びました。
露店も今では数軒しかなくなりましたからねえ…。昔は隙間なく並んでいてワクワクしたものでしたが…。本当に寂しくなりましたねえ
平潟神社以外にも 金峯神社(新町)神明神社(中島)諏訪神社(宮内)等で祭礼はありますがどれもこれも近年は露店が少なくて悲しいですね