この場所の思い出
ご存知、河合継之助のお墓があることで有名なお寺です。小さい頃は境内で書道を習いました。7月のお祭りのときは参道に出店がいっぱいでしたね。また、個人的な事で恐縮ですが、同級生の家でもあります。
ご存知、河合継之助のお墓があることで有名なお寺です。小さい頃は境内で書道を習いました。7月のお祭りのときは参道に出店がいっぱいでしたね。また、個人的な事で恐縮ですが、同級生の家でもあります。
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近年、めっきり少なくなってしまった露店。 昔は、平潟神社を中心として露店が広がり、道路を挟んだ殿町方面に金魚エリア、神社の裏手には盆栽エリアなどもあり全部見るのも大変だった思い出があるのですが… あの頃のお祭が懐かしいです。
今から、50年前新町小へ通っていた頃、よく同級生と一緒に蔵王様(蔵王神社・金峰神社)と隣接している蔵王公園でキャッチボールやバトミントンとかブランコなんかで遊んでいました。 家から自転車で行くのに小学生にはちょうどよい距離で、夕方薄暗くなるまで遊んでいたことを覚えています。 神社は木々に覆われていて、1000年以上前に建立された趣がある神社でした。 春と夏のお祭りのときは屋台がたくさん並んで友達と一緒に楽しんだ記憶があります。 今もお祭りやっているんでしょうか? この神社の奥に当時としては最先端のアーチ状の屋根の形をしたツガミの研究所があったかと思います。 今回、神社に行ったときにはその建物がなく、普通の団地ぽい建物?マンション?みたいなものが建っていました。 当時は蔵王様の雰囲気と研究所の建物の色合い、デザインが何となく調和していていい感じでしたが、今回久しぶりに蔵王公園に来てみて現在の風景に”なぁんか変なの”って違和感を感じてしまいました。 半世紀の時の流れって大きいですね。
何でも有りの魅惑のスポット 子供の頃は書店巡りとプラモの品定めの聖地 その後は買い物飲み会 パチンコ映画徹マンとか 夜明けのミスドもお世話になりました
今から、1313年前の706年に祀られた神社だそうだ。近郊住民からは蔵王さまとよばれていた。私は新町小学校、北中学校に在学し校歌は金峰蔵王を背景に作詞されていた。 幼い頃から、4月と7月の行われるお祭りが楽しみで、今から50年前頃の祭りの賑やかさは しっかりと脳裏にやきついてる。いろいろな屋台が神社敷地に立ち並び、笛の音や花火音が鳴り響き本当に楽しい思い出であった。
子供の頃よく遊びに行きました。鯉のあらいや料理も美味しかった。池の錦鯉も手を叩けば寄ってくるほど慣れてました。あと悠久山と同じような滑り台もありましたね。お土産に菊の花の入った四角い和菓子なんてのもありましたね。中越地震の後、廃業されたのは残念です。
中古ゲームショップの先駆け的存在。 店側が決まった査定額で買い取ったり売ったりするのではなく、 客が自分で売値を決めて、売れたら支払い! という商法は、当時チビッコだった私にはかなりアンダーグラウンドなお店に見えたものです。 でも、人気ソフトが破格値で手に入ったりするので、結構足しげく通ったりもしてました。 ちなみに、私の通っていた学校では「アイソフトに行くの禁止」でした。これって営業妨害?
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
川西にムサシができてつぶれるまでは、コメリホームタウンと並んで、めっちゃオモロイショッピングセンターたった。幼稚園前の子を遊ばせるコイン乗り物ランドは、重宝したよ。
古いせまい玩具やで、でも中に入ると案外新しいものがあって驚きがあった店。2?3年以上前に閉店したような記憶が..
いまでもあるとうちゃんラーメンとは別に、かあちゃんラーメンってあったのを覚えていますか?
川崎小学校生の駄菓子屋といえばここでした。 ゴムで飛ばす飛行機、よく買ったなー。 キン消しのがちゃがちゃも、、、
パンの「ウチヤマ」が経営してたスーパー。その後、原信に吸収されました。小学生だった私は、グリーンスタンプを貼らされて、いつも指が緑色に染まっていました。
小学生の頃、今はなき長崎屋の6F?のエスカレーター脇にあった切手や古い紙幣、コインなど売っていて珍しい記念切手など買っていたなー。 今あるのかな?
大手通十字路にあった覚張書店の2Fにもピーコックがありました。そこのお好み焼きがピーコックの中でも一番うまかったような気が・・・
通称「スパグラ」。 部活の帰りに寄り道して、毎日のように食べていました。 「ロンシャン」は、たしか、黒猫のマークだったような。 …懐かしいなぁ。
コメント一覧 (5)
東神田在住です。 栄凉寺の「凉」は『にすい』なんですよ。 あれ?この地図も違ってますね(笑)
やっちさんからの情報提供により、懐かしスポット名を「栄凉寺」に変更しました。 情報提供に感謝です。
「栄凉寺」の景観は昔とかなり変わっているんんでは?以前は木が茂っていて中も鉄道側からは見えずらかったがすっきり整理されたし参道も同様。
昭和30年代、小学校の帰りに近道としてこのお寺の横をしばしば通り抜けたものです。住職さんが庭でミツバチを飼育しており、巣箱(?)が3つ4つ並んでいました。ミツバチが箱を出入りするのを飽きずに眺めていたものです。でも今から考えると少し変わった趣味の住職さんでしたね。
すみませんが、どうしても質問があります。この場所に書かせてください(ご容赦ください)。 昔、中越のある農村の墓地に行ったときのことです。そこは小高い丘でした。故人のお墓が立ち並ぶ中、一つのお墓のとなりに卵の形をした自然石(高さ25cm位)が置かれているのです。 この卵型の石は何なのでしょうか?石はおそらく天然のもので、何も書かれてなかったです。 そういった風習をご存知の方、教えてくださいませ。