この場所の思い出
丸大の前を通ると、必ず耳にしたあのリズム! 「たんたんたん、タンタンタン、ぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴ!!」 オモチャのウサギが、太鼓とホイッスルで刻むあの律動! 未だに口ずさんでしまいます。
丸大の前を通ると、必ず耳にしたあのリズム! 「たんたんたん、タンタンタン、ぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴ!!」 オモチャのウサギが、太鼓とホイッスルで刻むあの律動! 未だに口ずさんでしまいます。
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階段を上がると、電車の模型のジオラマがガシャガシャと走り、レジの奥には「ディスクシステム」の書き換え機が・・・ 懐かしい、長岡のチビッコの夢の世界でした・・・
丸大の隣(入口は別、中でつながってました)にあったおもちゃや。2階のがんぎの上に、黄色い自動車が突っ込んだようなオブジェがありました。結構なインパクトがあったのを覚えています。
こんにちは。 リオンドールの前身はライオンドーでした。 ライオンドーのBGMで歌っている人は、原信(昔の福屋)で歌っている人と同じチェリッシュでした。 今はなかなか聞けなくて残念だと思います。
受験に失敗し、浪人時代にお世話になりました。大手通の一本北側の道路沿い、焼き鳥屋の2階、鉄の階段をギシギシと鳴らして登ったところだったような記憶です。フュージョンブームが猖獗を極め始める頃、jazzなど聞いたこともないような連中がやってきては,Keith Jarretのケルン・コンサートをリクエストすると、「ああ、またか!。」と思ったものです。この光景には、どうにかもぐりこんだ大学の隣りにあった、ジョン・コルトレーンの日本ツアーに同行を許された方の店でも何度か出くわしましたっけ。もう、ほぼ半世紀の記憶。
がーがー弁でおなじみ、長岡語を語りましょう。
学校に行く直前に観てたあの番組、 学校から帰ったあとに観てたこの番組・・など。 そこで流れていた、頭にへばりつく素晴らしき「唄」たち。 不思議と唄は覚えているものです。
よく負けた^^;
長岡出身者なら誰もが「懐かしい」フレンド! なかでもマルセンの地下の店は、数あるフレンド店舗のなかでもスタンダードでしょう。 県外の人に、イタリアンの話しをして、 「焼きそばにミートソース!?なんじゃそりゃ?」 とひかれてしまった経験、あるんじゃないですか?
ご存知、長岡の偉人の一人「山本五十六」の銅像があります。 「山本五十六元帥」は、逆境をバネに海軍大将まで上りつめた人。また、戦時中の日本にあって先見の明を持った人物で、日本の軍事力の限界を予見しながらも、祖国のために軍人に身を処していた、なんだかカッコよい、長岡が誇る歴史上人物ではあるのですが・・・ この公園は、薄暗い中に銅像がドドーンとそびえていて、ハッキリ言ってかなり不気味でした。 子供の頃、大手通での買い物の帰りに、この公園に迷い込んだときは、マジで泣きそうになりました。 今は、記念館ができたことですし、あの頃よりはオープンな雰囲気になっているのでしょうか? 今度行ってみよ。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (7)
あのリズムは、今でも耳についてます。 「大手通といえばあの音」ですよね。 まだ賑やかだった大手通のワイワイガヤガヤの中で響き渡ってましたよね。
プラモは龍文堂、玩具はヤママルでしたよね。貧乏?でクリスマス位しか買ってもらえなかったけど・・閉店セールの時小学生の長男を250CCの後ろに乗せて今朝白からフィギアとか買いに行きました。
おもちゃのヤママルレッツゴー!でしょ。 隣の本屋(兼プラモ屋)なんていいましたっけ?
隣の本屋は大坂屋では?
あー。 ♪おもちゃのヤママル、レッツゴー!♪ という唄が繰り返し流れていたのを思い出しました。
エポック社の野球盤、レーシングカーセット、ラジコン、トランシーバ・・幼い頃から小学生時代(S43年)の流行玩具、ゲームが何でもそろっていました。お年玉で買うお店は決まってヤママルでした。
ヤママルのガラスショーケースには、常にファミコンのドンキーコングのデモがブラウン管に写ってましたね。50mが割愛されてますが、長岡市内のゲームアーケードで、今でも50mがプレイ出来る店がありますよ。簡単すぎる為カットされたと思います。