この場所の思い出
たしか、龍文堂の向かいと、隣あたりで、道を挟んで向かい合って同じ「せきやスポーツ」がありました。 思い出とかは、あまりないし、どういう店だったかも思い出せないんだけど、なんとなく思い出したので・・・
たしか、龍文堂の向かいと、隣あたりで、道を挟んで向かい合って同じ「せきやスポーツ」がありました。 思い出とかは、あまりないし、どういう店だったかも思い出せないんだけど、なんとなく思い出したので・・・
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「さんぱち」「ごと」と呼ばれた市場を懐かしく感じますが、現在はやっていませんよね?確か大和脇の道路と愛宕付近だったでしょうか…。何が店先に並んでいたかも子どもだったため記憶が薄いですが。人で賑わっていたあのころが懐かしいです。
今朝白にあった(今でも建物があり、紳士服屋?)ボーリング場! グランドボールだったかセントラルボールだったか。。あの近くに住んでいたことがあって、よく遊びました。1Fの駐車場でラジコンやったり、冬は非常階段から雪にむかって飛び降りたり。ボーリングはあまりやりませんでしたが、レストランに父親に連れてもらったなー。。ムービー。ムービーはその後移転したけど(川崎小近く)。。ビリヤードもあったよなー。。
南中の近く柏町のビルの2階に昔、ボーリング場があって、そこの一階にスポーツ店があったとおもいます。ここで初めて「NIKE」のシューズを見ました! ブレイザーハイや、エリート、LTD?とか、見たこともない斬新なデザインに圧倒されました。 その頃はバスケしてたのですが、靴は「オニツカ」のファブレDC-LかSばっかりで、先輩がNIKE履いて来た時、みんな「なんだあれ!」「ニケってなんだ?」(笑) でも、むちゃくちゃかっこよかったのを覚えてます。 (今は全くナイキ履きませんが・・・・)
明治公園と山本公園の間の十字路にあった骨董やさんです。道の向い側にも一軒、店名は何て言ったけな、忘れちゃったな、同じく骨董屋さんがありました。巻勘さんは主に茶道具を中心に、向かい側のお店は小物、軸物なんか扱ってましたね。長岡は城下町だったせいか、商業都市として比較的富裕層が多かったためか分かりませんが、骨董品としてはスジのいいものが並んでいたような記憶があります。といっても昭和40年前後の古銭を集めてた小学生の印象ですからね、軽く聞き流してください。お店はまだあるのでしょうか。
レストラン名が定かではないのですが、「ロイヤル」だったように思うのですが、他投稿読むと場所的に微妙です。40何年前、小学生だった見附市在住の私は、当時の見附人にとって長岡といえばもう大都会であり(私個人的な感覚ですが)、トッテツに乗って長岡に遊びに行くことが、年に1、2回の大イベントであり、電車から見えてくる長岡の街並みにかなり興奮したものです。決まって食べに行ったのが、厚生会館前を通って間もない同じ道沿いのデパートで、多分イチムラじゃないかと思うのですが、それも定かでは。。デパート内の上の階にあったレストランのカツ丼を食べるのが楽しみで楽しみで仕方ありませでした。今でもカツ丼は私にとってのご馳走ナンバー1です。
長岡出身者なら誰もが「懐かしい」フレンド! なかでもマルセンの地下の店は、数あるフレンド店舗のなかでもスタンダードでしょう。 県外の人に、イタリアンの話しをして、 「焼きそばにミートソース!?なんじゃそりゃ?」 とひかれてしまった経験、あるんじゃないですか?
ご存知、長岡の偉人の一人「山本五十六」の銅像があります。 「山本五十六元帥」は、逆境をバネに海軍大将まで上りつめた人。また、戦時中の日本にあって先見の明を持った人物で、日本の軍事力の限界を予見しながらも、祖国のために軍人に身を処していた、なんだかカッコよい、長岡が誇る歴史上人物ではあるのですが・・・ この公園は、薄暗い中に銅像がドドーンとそびえていて、ハッキリ言ってかなり不気味でした。 子供の頃、大手通での買い物の帰りに、この公園に迷い込んだときは、マジで泣きそうになりました。 今は、記念館ができたことですし、あの頃よりはオープンな雰囲気になっているのでしょうか? 今度行ってみよ。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
階段を上がると、電車の模型のジオラマがガシャガシャと走り、レジの奥には「ディスクシステム」の書き換え機が・・・ 懐かしい、長岡のチビッコの夢の世界でした・・・
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (5)
冬はスキー発表会の抽選会目当てに行った記憶ありです。どちらかといえば学校関係に強く野球とスキーの店でしたが、Oスポーツが台頭すると同時に言い方は悪いですが衰退したと思いますよ。
たしかに、野球部だった友人に買い物付き合ったとき、この店の前を素通りしてOスポーツに行くので、 「ここは行かないの?」 って聞いたら、 「やっぱ、グローブ買うならOらこって」 とか言ってよなぁ… 私自身は野球とかやらないのでわからなかったし、 直接関係あるとも思えないけど、そういう思い出がよみがえってきました。
私の友達のお店でした・・・。
一年中スキーを売ってた気がする。買えもしないのに新製品を真夏に見に行ったっけ。
ジャージを悪いことしました。