この場所の思い出
物心付いた子供の頃 近所の校庭で竹ひごとヒューム管の紙ヒコーキが大空を舞っていました いつか上手に作りたい・・・何回作っても失敗続きでしたが、あっという間にブームは去ってしまい、次はレーシングカーと怪獣プラモに夢中でした 男心と秋の空?
物心付いた子供の頃 近所の校庭で竹ひごとヒューム管の紙ヒコーキが大空を舞っていました いつか上手に作りたい・・・何回作っても失敗続きでしたが、あっという間にブームは去ってしまい、次はレーシングカーと怪獣プラモに夢中でした 男心と秋の空?
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呉服町辺りにお店があったおもちゃの問屋さん?ご存じないですか? 小学生時代良く買いに行った記憶はあるのですがうろ覚えなものでして。 クロウスバンバンのプラモデル買ってたなあ
私は団塊の世代の人間です。小学生の頃は子供の数がやたら多く、お寺や神社の境内はいつもにぎやかな子供達の声であふれていました。子供の遊びと言えば、秋はパッチ、春はビー玉でした。その後パッチやビー玉を見かけなくなってからずいぶん経ちますが、パッチやビー玉はいつ頃まで子供達の遊び道具だったのでしょうか?
開催場所は憶えていないのですが...昭和40年代中頃?にどこかのグラウンドで、ライトプレーン(竹ひごをニューム管でつなぎ、紙を張ったゴム動力の飛行機)の大会がありませんでしたか?近隣の小学生が大挙して参加していたので、結構な人数が集まっていた筈です。確か一位の飛行機は滞空時間が長すぎて会場の外に飛んで行ったような記憶があります。私はB級機を複葉機に改造したモデルで挑戦しましたが、重い上に調整をミスって5秒ぐらいしか飛ばなかった悲しい記憶が...。
私が小学校にあがる前だったような曖昧な記憶ですが、脚の不自由な方( ?)が物乞い(のような行為?)をされていたのが記憶に残って居ります。 また、同じ頃にレギュラーサイズの瓶入りコーラやファンタのガラス瓶をガスバーナーで加熱して伸ばして捻ったり曲げたりした一輪挿し(イチリンザシ)を売っていて、加工する光景を夢中になって見ていた記憶も懐かしいです。 私と同年代以上の方なら、御記憶に残っている方も居られるのではないでしょうか?
南中の近く柏町のビルの2階に昔、ボーリング場があって、そこの一階にスポーツ店があったとおもいます。ここで初めて「NIKE」のシューズを見ました! ブレイザーハイや、エリート、LTD?とか、見たこともない斬新なデザインに圧倒されました。 その頃はバスケしてたのですが、靴は「オニツカ」のファブレDC-LかSばっかりで、先輩がNIKE履いて来た時、みんな「なんだあれ!」「ニケってなんだ?」(笑) でも、むちゃくちゃかっこよかったのを覚えてます。 (今は全くナイキ履きませんが・・・・)
ピーコックと人気は二分していましたが、ソフトクリームのバニラ感はこちらの方が強く、私はファンでした。 高校時代にバス代をケチって、部活帰りに食べていました。
母親に外食に連れていってもらった時に当時食べたことがなかったナポリタンを頼んだら、味がいまいちだったのかテーブルにあったタバスコをケチャップと間違えてたっぷりかけて食べて泣いた記憶がある
長崎屋ピーコックの話題が多いですが、自分的には3F階段横のオレンジジュースの自販機が好きでした。20円くらいでドーム型のタンクの中をジュースが噴水のように循環してました。味は確かにチープん感じですが、とにかく冷えてて安くて子供が飲むにはベストだったような。
子供の頃、立ち読みしにかよってました。 目黒書店の向かい側で、記憶もごちゃ混ぜになってる。 たしか向かって左から入ると漫画コーナーがあった。それだけしか思い出せないけど、よく通ったので懐かしいです。 なくなったと思ったら東中のそばに移転してて、今はもうない。 またどこかに移転したんだろうか?
その昔、がきんちょの私にとってお買い物が一大イベントだった頃、連れていってもらうことをいつも期待していました。お子様ランチからラーメンにパフェまで・・・なんでもおいしかったのは決して誇大記憶ではないと思います。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (1)
縦長の紙袋に入っている材料で作った飛行機のことかな。ゴムを巻いて動力にしてプロペラを回転させて飛ぶ飛行機、作ったなあ。ソニー号というやつが人気で皆の憧れだったなあ。懐かしいっす。