この場所の思い出
大和の裏だったと思いますが、電子パーツの老舗。コンデンサやら抵抗やらを、回路図をにらめっこしながら買いました。プラスチックの皿に1個\10の抵抗を載せて、店内をウロウロしていましたね。雑誌の付録に付いてた感光基板用トレース紙を使って基盤を作ったりなんかもしていました。
大和の裏だったと思いますが、電子パーツの老舗。コンデンサやら抵抗やらを、回路図をにらめっこしながら買いました。プラスチックの皿に1個\10の抵抗を載せて、店内をウロウロしていましたね。雑誌の付録に付いてた感光基板用トレース紙を使って基盤を作ったりなんかもしていました。
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今から、28年前、雄電社という電子部品屋さんがあり、よくそこで部品をかって、電子工作を楽しんでいました。今はどうなっているのだろう?
貸しCDショップ。 ここで音楽CDを借りてダビング。その行為が懐かしいです。 ここで、よく買ったのが、ダビングしたカセットテープのインデックスに貼る、文字シールです。 ペンとかで上からグリグリして転写する文字なんですが、曲名も全て、これで作ってました。 PCが普及した今では考えられないですが、当時は夜中までかかって、一文字一文字丁寧にグリグリしてました。 あの頃は若かった・・・
パソコンの専門店です。今のような店内に陳列してあるものではなく,店内狭しと箱積みになっていました。取り寄せ専門のようでした。店員も売り子ではなく,事務机で仕事をしているだけです。気の良さそうな(でも結構商売屋)オジサンが1人で頑張っていました。私は,当時msxの“聖子のhit bit”を買いましたよ。大手通りの裏にあったこともあり,テング屋の近くにあったこともあり。懐かしいな。
プラモだけじゃなく、ボードゲームやテーブルトークRPGなどのマニアックな商材を揃えており、なぜか本店と差別化が図られていた。 ここで買った一番の思い出の品は、100面体のサイコロ・・・・。 結局何の役にも立たないまま、紛失。
物心付いた子供の頃 近所の校庭で竹ひごとヒューム管の紙ヒコーキが大空を舞っていました いつか上手に作りたい・・・何回作っても失敗続きでしたが、あっという間にブームは去ってしまい、次はレーシングカーと怪獣プラモに夢中でした 男心と秋の空?
今は無き長崎屋の最上階。 直通エレベータがあって、そこから直に上れた。 レーンは、普通のボウリング場よりも明らかに短く、さらに微妙に「かしがって」いて、球がナチュラルに変化するという、非常にクセのあるボウリングが楽しめる場所でした。 あの頃は、スコアはすべて手書き。 それと、これはうろ覚えですが「パーフェクト賞は、オロナミンC一年分」とかいう横断幕がデカデカと飾られてたような覚えが・・・
CD全盛期にレコードの針とかを売っていたマニアックな店。 私は良く知りませんが、長岡では、かなりの老舗だったんでしょうか? 他の店では売切れてるような人気のCDとかが、普通に売っているような事もあり、結構お世話になりました。
オシャレはよくわかんねぇけど、とりあえず「かあちゃんが買ってきた服だけは着たくねぇ!」 という、ちょっとシャレっ気の出てきた、小生意気な男子中学生が服を買いに行く店。 ちなみに、今はイーオンかなんかになってます。 わたくしも服買ってました・・・。
半端モンがボンタン買う店。 中学のときは 「池津屋に行くと、○○さんに、覚張の脇に連れ込まれて金とられるぞ」 という噂を真に受けて、こっそりココで、ボタンの裏の「留め具みたいなモノ」(正式名称忘れました)とかを買ったりしてました。 不良ツールの販売店の割りに、店員さんが妙にスマイルで、ブティック並に接客が良かったのを記憶してます。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (13)
中学生くらいの頃、当時あまりに高くて買えなかったマイコン(注;パソコンと呼んではならない!(笑))を指を咥えて見ていたお店です。SHARPのMZ?80KやNECのPC?8001が欲しくてたまらなかったなぁ
ラジオの製作や子供の科学片手に、ラジオやBCL用のアンテナ作りました。もみ上げの長いハードボイルドな店員さんでした。一時、柿川近くにありましたよね。
今は柳原町にあるんですよね。先日偶然車で見かけました。以前よく会社で使う部品を買いに寄っていました。
MZ-80!!ナツカシス。 自分はマイコンよりもコーラルのスピーカーとか、エレキットとか。
EPSONのハンドヘルドコンピュータHC-20をじぃ〜っと眺めてた。 お風呂ブザーキット買ったなぁ
カッチンさんのコメントの「もみ上げの長いハードボイルドな店員さん」今 どうされているのでしょう。お元気かなぁ?なつかしいです。
ハードボイルド?さん 背の高い方 小太りさん? といらしたと思います。 ハードボイルドさんが後のエールジャパン店長さんであれば、大分前にお亡くなりになっています。 雄電社はあの薄暗い店内に置かれたBASIC Master Jr.のディスプレイが印象的でした。
「もみ上げの長いハードボイルドな」の方って、もしかしてレプリカントさんですか? といってもごく一部の方しかご存じないでしょうけど。(インターネットという言葉も知らず、まだ1200bpsアナログモデムでのパソコン通信の時代・・・) 鳥梅や後の雨扉の近くの雄電社にはよく行きました。今では安価に買える発光ダイオードが出始めの頃で、高すぎて手が出なかったのを覚えています。確か、「○○○Åの赤い光を放つ」みたいな説明書きと共に点灯展示してあり、それこそ宝石のような輝きでした。 また、その頃、コーン紙が絹でできているのがウリの小型スピーカーシステムキットのもおいてあり、竹田の子守歌が透明感極まりない音で鳴っていたのも印象的でした。 すっげー昔の話です。
私もハードボイルド=レプリカントさんのつもりでした(^^;; 雄電社で買ったSOARのデジタル、SANWAのアナログテスターは今でも現役です。 MZ用のD-RAMも買ったなあ。500円×8コ。
雄電社のことが、ここに書いてありました。そうだったんですね。http://www2s.biglobe.ne.jp/~kew/NGdumpST04.html
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約15年前、ユウピットさんのお店が追廻橋付近にあった頃、会計のところにいらした若い女性に、部品の手配で何度もお世話になったのを思い出しました。しかし、お顔を思い出せません。 エールジャパンって、千手2丁目のあたりにあったPCショップでしたでしょうか? 486からPentium初代の頃、店長さんからは中古部品を安く分けていただきました。でも、こちらの店長さんもお顔が思い出せない、なんてことでしょう...。初めてお店に伺ったときには、少しこわい人かもしれないと思ったのだけは覚えていますが。
MZ−80K2を雄電社で買いました、今も家にありますが電源入るのかなぁ。 小太りの店員さんは某電気機器卸会社に転職し、以前は仕事上でよく会う機会がありましたが、今はどうしていることか。 もう一人のパーマっぽい細身の方のその後は残念ながらわかりません。 エールジャパンをやっていた方は雄電社の専務さんでした。
雄電社、懐かしい! 小太りの店員さん、居ましたね。眉毛の太い・・・ 厨房の頃、よく通ったものです。 エレキット買ったり、デモ機で置いてあったPET-2001やMZ-80Kに自作のBASICプログラムを打ち込んでいました。1980年頃の話です。 そして私はエンジニアになりました。