この場所の思い出
新町にあった病院で、捻挫や突き指とかいろいろお世話になった。 また、ここの息子と同級生でよく遊んでいた。 この前、40年ぶりに来てみたら更地になってて隣の病院の駐車場として 使われていた。 医院長先生はすでにお亡くなりになっているとは思うけど 息子は後を継がなかったんだな・・・どうしてるんだろ? 医院長先生は、近所の野々村耳鼻咽喉科医院の先代の医院長先生と 麻雀やってたなぁ~ いやぁ~懐かしい!
新町にあった病院で、捻挫や突き指とかいろいろお世話になった。 また、ここの息子と同級生でよく遊んでいた。 この前、40年ぶりに来てみたら更地になってて隣の病院の駐車場として 使われていた。 医院長先生はすでにお亡くなりになっているとは思うけど 息子は後を継がなかったんだな・・・どうしてるんだろ? 医院長先生は、近所の野々村耳鼻咽喉科医院の先代の医院長先生と 麻雀やってたなぁ~ いやぁ~懐かしい!
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長町に昭和の初めからあった野村医院さん、今どうなってますか。家族ぐるみで代々お世話になってました。小さい頃(昭和30年代)、真っ直ぐで長い医院の廊下を走って遊んで怒られました。少し怖い太った先生でした。
確かR351立川病院のそばに「ファミリー」(うろ覚え)とかいう寂れたパチンコ屋があったような。時代錯誤な感じの古めかしいパチンコ屋で、いつか入ってみようと思っているうちになくなってしまいました。
旧中央病院のあたり。名前違ってたらごめんなさい
小学生の頃、約3年通わせてもらった耳鼻科。位置的には平潟神社の前ですか。学区からかなり離れている割りに同学校の同級生で自分の他3人ほど通ってました。そして待室は満杯になり二階へ続く階段まで患者さんが溢れかえってました。老若男女問わず凄い人でした。きっと凄いお医者様だったのでしょう。でも通院を挫折してしまいしばらくして他の耳鼻科に通う事になりました。でも、仲間と通った思い出と帰りに殿町に迷い込み酔っ払いにからまれたのも良い思い出です。 さほど気にしてなかったですが地震以降診療されてないような気がするのですがどうなのでしょう?お分かりの方いらっしゃいましたらお願いします。
川崎に放上(ほうじょう)内科医院があり,当時川崎に住んでいた私はよく行きました。落ち着いた感じの先生でとても信頼できてかかりつけでした。以前,通りかかった時には建物はあったのですが開業していないように見えました。どこかに移転されているといいのですが。
長岡出身者なら誰もが「懐かしい」フレンド! なかでもマルセンの地下の店は、数あるフレンド店舗のなかでもスタンダードでしょう。 県外の人に、イタリアンの話しをして、 「焼きそばにミートソース!?なんじゃそりゃ?」 とひかれてしまった経験、あるんじゃないですか?
ご存知、長岡の偉人の一人「山本五十六」の銅像があります。 「山本五十六元帥」は、逆境をバネに海軍大将まで上りつめた人。また、戦時中の日本にあって先見の明を持った人物で、日本の軍事力の限界を予見しながらも、祖国のために軍人に身を処していた、なんだかカッコよい、長岡が誇る歴史上人物ではあるのですが・・・ この公園は、薄暗い中に銅像がドドーンとそびえていて、ハッキリ言ってかなり不気味でした。 子供の頃、大手通での買い物の帰りに、この公園に迷い込んだときは、マジで泣きそうになりました。 今は、記念館ができたことですし、あの頃よりはオープンな雰囲気になっているのでしょうか? 今度行ってみよ。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
階段を上がると、電車の模型のジオラマがガシャガシャと走り、レジの奥には「ディスクシステム」の書き換え機が・・・ 懐かしい、長岡のチビッコの夢の世界でした・・・
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (3)
今日このサイトを知り色々書いてます。 腰痛になると 腰を引っ張りによく通ってました。べらんめー調の先生でしたね。 閉まってから 15年以上は経っていると思います。
うちのばぁさん(故人)、下田さんが入院も受け入れていた頃に患者さんの食事を作っておりました。 大雑把で致命的な味オンチのばぁさんが作った食事を食べさせられていた入院患者さん… 子供ながら大丈夫なのか?と思っておりました。 この場でお詫びいたしますm(_ _)m
長年仕事でお邪魔していました。 息子さんは医院を継ぎませんでしたが、 整形外科医になられて、新潟市内の病院勤務です。