この場所の思い出
とうとう50倍のカレーは、たべれなかった。。テーブルに置いてあるお客の意見ノートみたいなのは、いつもカレーが届く間に、楽しんで読んで気がします。3年前に、友達のアメリカ人を連れてきて中田に行ったけど、さくさくっと、50倍のカレー食べていたときは、辛さが落ちたのかなと、思いました。
とうとう50倍のカレーは、たべれなかった。。テーブルに置いてあるお客の意見ノートみたいなのは、いつもカレーが届く間に、楽しんで読んで気がします。3年前に、友達のアメリカ人を連れてきて中田に行ったけど、さくさくっと、50倍のカレー食べていたときは、辛さが落ちたのかなと、思いました。
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よく友達と行きました。カレーの辛さが10倍、20倍..50倍って選べたような。必死で食べて記念撮影してもらいました。
母親に外食に連れていってもらった時に当時食べたことがなかったナポリタンを頼んだら、味がいまいちだったのかテーブルにあったタバスコをケチャップと間違えてたっぷりかけて食べて泣いた記憶がある
エレベーターを降りると大きなディスプレイがあった。いつも混んでいたなぁ。食券の半分置いていったけどちゃんと来るか心配だった。お子様ランチのチキンライス・・・懐かしいです。別に個室、宴会場がありました。
1Fはご存じお菓子の売店で階段を上り2Fがレストランでした。内山のホットケーキが人気ありました。
損保ジャパンの向かい側にあった「やまざわ」。小さい頃から家族で外食といえばここでした。一つ一つの料理に手抜きがなくおいしかったのを覚えています。中学生の頃は(20年前以上ですが)500円くらいでコーヒーもついたランチメニューがあり、土曜日のお昼にはよく行きました。デミダスカップに入ったコーンポタージュがおいしかったです。今はパソコン教室みたいですね。あの味と思い出が忘れられません。
50才突入の親父ですが、神田の川西屋通りにあったレストラン、今でも営業されていますでしょうか?小学生の頃親父が良く出前で洋風カツどんを注文してくれました。当時では贅沢なメニューでした。小松パーラーのカツライスと比較しても味は一品でした。25年前、静岡から帰省してお店に入った時は普通の食堂雰囲気に変わっていましたが、“洋風カツどん”はしっかりと看板メニューに貼りだされていました。
昭和40年後半頃、俗に言う長岡駅前出てすぐの地下にあったプチレストラン。どなたか語り合えませんか? 少し大人の世界に入り始めた私はそこでカレーを食べた記憶が!ラッキョウが添えてあるのが印象的でした。うまかった。 あそこで働いてたスタッフのみんなはどうしてるだろう?
こんにちは。 長岡から離れ東京に移り住んで10数年になる者です。 もう20年以上前になりますが、駅前の大手道りのはずれのビルの2階だったか3階だったかに出店しておられた洋食屋さんです。ご夫婦で経営されており、ご主人の料理も、奥様の接客もとてつもなく素敵でした。その後、宮内の要町(?)に店舗を移されたのですが、確か平成6、7年ごろにお店を閉めてしまわれました。 要町店は当時映画館、CDビデオレンタルのアシタバ、8番らーめんのすぐ近くに位置しておりました。 さだまさしさんの写真が入り口近くに飾られていたのが印象的で、いつも暖かな雰囲気、今も忘れられないおいしい料理でもてなして下さいました。未だあんなに素敵なレストランには他に出会ったことがありません。子供目にも繁盛していたとは言い難いお店でしたが、私達家族に素敵な時間を下さった事、感謝の念と共に思い出される最高のお店です。
ヨシダカバン屋さんのある並びで、長岡書房があった脇を地下に降りていった所にあったコトブキというレストランを覚えている方はいらっしゃいますか。昭和40年代です。 当時,家族で外食というとここでした。トンカツがすごいごちそうだった頃ですね。キャベツの味噌汁が妙に美味しかった。 コトブキなきあと,いくつもお店が替わりました。覚えているのは,割烹(芝浜といったかな)やらジャズ喫茶(のような店)なんかです。
長岡ネタじゃない(三条)ですが、同年代なら記憶にあるはず! 70年代前半、国道8号線の信濃川沿いに、ロッキードのプロペラ旅客機をそのままレストランにしたお店がありました。 一度だけ親と一緒に行ってサンドイッチを食べたけど、あまりの値段の高さに子供心に驚いた記憶があります。
江口だんごの甘味処で和風ラーメンがとってもあっさりしていて、おいしかったです。セットで漬物(しば漬け?)と一口のだんごが付いていました。ラーメンを食べ終わった後の一口のだんごがたまらなく、おいしくって至福のひとときを堪能していました。もう一度食べたいです。 場所はレストランナカタの並びにあったと思いますが・・・
食べたい食べたいと思っていたのに、 まだ食べてない…。 読み方は「まあまらーめん」
「何が入っているか分らないほどナチュラルな味、初入店の人はラーメンかチャーシュウメンを食べてくれ!」・・うら覚えですが、自信に満ちた店内の張紙がユニークでした。 味も店名のとおり王道を行く美味いラーメンで、店主は某パチンコ店でも有名人でした。
今は無き長崎屋の最上階。 直通エレベータがあって、そこから直に上れた。 レーンは、普通のボウリング場よりも明らかに短く、さらに微妙に「かしがって」いて、球がナチュラルに変化するという、非常にクセのあるボウリングが楽しめる場所でした。 あの頃は、スコアはすべて手書き。 それと、これはうろ覚えですが「パーフェクト賞は、オロナミンC一年分」とかいう横断幕がデカデカと飾られてたような覚えが・・・
CD全盛期にレコードの針とかを売っていたマニアックな店。 私は良く知りませんが、長岡では、かなりの老舗だったんでしょうか? 他の店では売切れてるような人気のCDとかが、普通に売っているような事もあり、結構お世話になりました。
オシャレはよくわかんねぇけど、とりあえず「かあちゃんが買ってきた服だけは着たくねぇ!」 という、ちょっとシャレっ気の出てきた、小生意気な男子中学生が服を買いに行く店。 ちなみに、今はイーオンかなんかになってます。 わたくしも服買ってました・・・。
半端モンがボンタン買う店。 中学のときは 「池津屋に行くと、○○さんに、覚張の脇に連れ込まれて金とられるぞ」 という噂を真に受けて、こっそりココで、ボタンの裏の「留め具みたいなモノ」(正式名称忘れました)とかを買ったりしてました。 不良ツールの販売店の割りに、店員さんが妙にスマイルで、ブティック並に接客が良かったのを記憶してます。
プラモだけじゃなく、ボードゲームやテーブルトークRPGなどのマニアックな商材を揃えており、なぜか本店と差別化が図られていた。 ここで買った一番の思い出の品は、100面体のサイコロ・・・・。 結局何の役にも立たないまま、紛失。
皆さんが長岡で美味しいと思うラーメン屋さんはどこでしょうか?青島食堂は定番ですが、わたしはここもお薦めです!このお店との出会いは今から、25年ほど前でしょうか、美味しくて今でも帰省した時は食べに行っています。月日は経っていますが、値上げもラーメンが550円⇒600円と数年前にあったくらいしか覚えがありません。店主のおじちゃんと女性の店員さん2人くらいで切り盛りしていたような。おじちゃんの「はい、どうものぉ。ありがとうございますぅ。」のイントネーションが独特で、良く覚えています。皆さんは何かエピソードはありませんか?
個人電気店全盛の頃あったオーディオマニアの店。何十万円。何百万円の単品コンポを取り扱う。マイクロ精巧の糸ドライブレコードプレーヤーなんてあった。JBLのスピーカーに憧れた。TEAC、アカイ、ナカミチなんてカセットデッキが流行。CDプレーヤー誕生の頃16?25万円もした。宮内へ移転。AVLに分裂。しかしミニコン・携帯・i-Podと、音が鳴れば良しの流れに勝てず姿を消す。若者はステレオを知らず。薄っぺらな音場だけの多CHサラウンドが持てはやされ、実体に近い音像や音響は衰退した。
いつの間にかなくなっていだけど大手通りの端っこにあった今よりもっと大きかった(ハズ)看板。 長岡駅から見えるその看板は,夜にはビカビカと光り輝いていてちょっとしたシンボルでした。 実家から本家(?)吉乃川の看板を毎日みながら育ってきた自分には新幹線で帰省の度に帰ってきたと感じるものでした。
宮内駅角の写真屋さんのとなりにあったお店です。子供の頃、あの焼いている様子を見たくて、壁によじ上ったものです。足の付いたたこ焼ってそこのもの以外未だに出会ったことがないです。 いつの間になくなったのか覚えていませんが、できることならもう一度食べたいですね。
やたら広い店内にいつもお客さんゼロのハンバーガー屋さん。店員の男性が(暇ゆえに)すぐできる商品でも必ず席まで持ってきてくれる素敵なお店でした。内緒の話を大声でできる唯一のお店でした。懐かしい。。。
コメント一覧 (16)
ここの50倍カレー食べて胃痙攣おこして入院した奴がいるといかにもありそうな噂が流れましたね。
レストランナカタが正解ですよ
いつも、カレーの中田、カレーの中田と友達の間で言っていたので、本当の名前を忘れていました。。お恥ずかしい。。。
旭屋サイダーさんからの情報提供により、懐かしスポット名を「レストランナカタ」に変更させていただきました。 情報提供に感謝!
カレーのあとの手作りプリンが最高!
5年に一度位しか行かない長岡。 フレンドのイタリアン、どさん娘の味噌ラーメン、そしてナカタのハンバーグ・カレー。 なんだか寂しい感じになった大手町にいまだあるナカタが嬉しい。
ナカタ・・・今はカレーが売りのレストランですが、、ですがそれ以前に「とんかつ定食」が人気メニューの時代がありましたよ。もちろんその時代もカレーはありましたけど辛さは3レベルほどの時代でした。
ナカタさんのカレーは、「家で食べるカレー以上にうまいカレーが存在する!」と私に教えてくれた最初のカレーです!高校卒業後すぐに長岡を離れてから、十数年もごぶさたにしてますが、まだまだご健在とのこと。なんとも嬉しい限りです。 高校の卒業式にて、2年間片思いのクラスメートの女の子に意を決して告白→2秒で玉砕という荒行を経た後、親友に肩を支えられるようにして入店、涙と共に食べたカレーの味が私にとってのナカタです…
中越地震の映画「マリと仔犬の物語」のワンシーンにナカタの看板が出てきます。長岡ロケでスタッフがはまって毎日のようにナカタのカレーを食べに来ていたそうです。
ココと。。。 あと、見附の方にもありましたよね。
レストンナカタは下記にも登録されています。 http://www.nomeshi.net/spot.html/108
記事中のリンク
見附のお店は数年前に閉店し現在はラーメン屋さんになっています。
高専時代、ここの50倍を制することが一つのステータスだったと記憶しています(ガキでしたねえ)。 確かに辛いのですが、辛さの中に美味しさがありました。非常に良くできたカレーです。 おら今すぐ食いてがて・・・。
原信でナカタの洋カツ食べたが・・・・・・・・・??? なんでもカツにソースを掛けて洋カツではね 残念 昔の小松パーラーの洋カツが食べたい。 小松パーラーで修行とあるが出前持ちって話 ちょっと修行で小松の弟子では故・本田氏も切ないなぁ
50倍カレーは高校時代に一度だけ。それ以外はだいたいレディーズセットをいただいていました。色々食べられておいしいプリンもついていたので。50倍の時とった写真は探せばあるんだろうか?
昔は店舗がいくつかあったんですけどね。けっこう繁盛していた印象だったのですが。。。 ちなみに50倍は一度だけ完食しました。